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 急所の位置さえ分かれば、ベルベット様にとって混穢レギオン退治は概ねだった。


「疾いし硬いし剛いけど、大雑把なのよアンタ達」


 強度や膂力こそ穢モノの上位互換なれども、歪に膨れ小回りの効かなくなった巨躯。

 ただ群がるばかりで統制された行動を取っているワケではない、社会性の欠落。


 加えて、この半月で積み重ね続けた濃密な戦闘経験による個々への的確な対応。

 再生を封じ、囲まれる前に討ってしまえば、あとはそれの繰り返し。


「さくさくさくさく」


 斬り裂き、撃ち抜き、貫き、砕き、握り潰す。

 唯一無二の弱点をピンポイントに潰され、次々と霧散する異形達。


「ざくざくざくざく」


 刃が毀れれば鞘で補修し、斬れ味を保持。

 壁や街灯をも足場として使い、絶えず動き回り、しかし息切れひとつ起こさない。

 いっそ呆れるほどのスタミナお化け。まさしく豆タンク。


「しゅばばば、ばらばら、ばーらばら」


 十。二十。三十。


 瞬く間キルスコアを稼ぎ、汚泥じみた返り血で濡れて行くドレス。

 が。五体へと触れた水と風を清める僕の加護によって、その穢れすら払われる。


「──ラァストォッッ!!」


 目まぐるしい切った張ったの末、そう時を要さず、街の一角に戻った静寂。

 罅割れた硝子刀がらすとうを血振るいし、微かな機械音を唸らせる鞘へと収めた後、戦闘の痕跡は綺麗さっぱり消え失せていた。


 まるで、悪い夢から醒めたかのように。






「アハハハハハハハッ! いいわね、さいっこう! 久しぶりにスッキリしたわ!」


 空を仰げば太陽が浮かんでいるにも拘らず、深更の如し真っ暗闇。

 閉塞感と圧迫感が耳目を縛る只中、無邪気に響き渡る甲高い笑い声。


「ま、アタシ様の手にかかれば、ざっとこんなもんってね。褒め称えていいのよシンカ」

〔流石です〕


 ぱちぱち拍手。や、ご機嫌取りとか抜きに。


 何せ一回の射撃で起点が表出する時間は、精々二秒程度だった。

 しかもあの巨体に対し、指一本そこらの肉片サイズ。

 見付けるだけでも難易度高過ぎ。あまつさえ攻撃を当てるとか、僕なら絶対無理。大きい上に物凄く素早いし。


 ……だと言うのに、この人ってばクリティカル率ほぼ十割。なんなら光弾一発につき三頭か四頭の起点を確実に把握してた。

 控えめに申し上げて化け物。ドン引き。


「さーて、いよいよ猿山の大将との対面ね。ちゃっちゃかヤって、クラリエッタをアテに勝利の美酒と洒落込もうじゃないの」


 闇なぞ物ともせず、足取り軽く、崩れた工場の立ち並ぶ通りを往くベルベット様。

 塩をつまみにするのは割と聞くけど、砂糖で酒を飲むってどうなんだろう。


 …………。

 お願いだから糖水晶とうすいしょうの精製所が、せめてクラリエッタ保管庫が無事でありますように。

 僕だって、少しくらいは命が惜しいのだ。











【Fragment】 混穢レギオン(2)


 生命力が異様に強く、五回や十回バラバラにされた程度ではビクともしない。

 内包するエネルギーが尽きるまで攻撃を続ければ討伐は可能。しかし泥沼の消耗戦となる上、戦闘の気配を嗅ぎつけた他の混穢レギオン達に囲まれる恐れが極めて高い。


 弱所は結合の中枢となっている起点だが、特定の条件下でなければ判別は至難。

 例え突き止めたところで狙うには的が小さ過ぎ、相当の熟練が必須。


 ──ちなみに最も有効な戦術は、屯する渦の中から引きずり出すこと。


 混穢レギオンの活動と肉体維持には高濃度の穢れが不可欠であり、マケスティア北部を少しでも離れた途端に霧散する。

 重ねて、一度獲物を捉えたら理知無く追い続けるため、健脚の持ち主なら実行も容易。


 問題があるとすれば、誰一人この事実を知らないことだろう。





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