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「シイィッ!!」


 六方向より標的を捉えた高速斬撃。

 小柄な体躯に似合わぬ筋力、瞬発力、柔軟性を乗算させた、息もつかせぬ早業。


 異形の双頭を断ち、胴を薙ぎ、脚を落とす。

 そして間髪容れず全ての肉塊を銃で弾き、撃ち抜き、すり潰す。


「そーら粗挽き肉の一丁上がり。これならどう?」


 煮ても焼いても食べられそうにはない。

 よしんば可食であったとて、人体を織り合わせた化け物など流石に食べたくない。


 などと胸の内で並べる間に、またも再生が始まった。


「うっざ」


 目を据わらせたベルベット様の手中で、硝子刀がらすとうの柄が小さく軋む。


 手応え皆無、暖簾に腕押し。

 斬っても撃っても死なぬとあっては、悪態のひとつも吐きたくなるというもの。

 此度ばかりは、行儀の悪さを責めるまい。


 ……ともあれ、斯様なシチュエーションは些か以上に想定外。

 ここは一旦退くことを視野に入れるべきと判断する、が。


「上等。だったら起き上がる気力が失せるまで叩きのめすだけよ」


 生憎とベルベット様の頭に、道を譲るという選択肢は無い。






 斬って斬って斬って斬って斬り裂いて、撃って撃って撃って撃って撃ち壊す。


 殺めては蘇り、崩れては元通る。

 手を指し間違えれば一気に己が危うくなる綱渡りじみたバランスの中、持ち前の図太さと無尽蔵のスタミナで最善手を打ち続けるベルベット様。


 ──そうして述べ二十七度に亘り致命傷を与えた頃合、漸く混穢レギオンは動かなくなった。


「あー、かったる。お腹空くんですけどー」


 スカート裾に仕込んだ包みを引っ張り出し

、サンドイッチを食べ始めるベルベット様。

 さしもの彼女も堪えたのか、所作に辟易が窺える。


「なんなのコイツ、しつこ過ぎ。首斬られた時点で死んどきなさいよ、面倒臭い」


 泡を立てて溶解し、煙と化し、穢れの渦に混ざって行く残骸を踏み付け、舌打ち。

 あちこち罅割れ、刃こぼれした硝子刀がらすとうを鞘に収め、鼻を鳴らす。


「しかも無駄に硬いし。馬鹿なの? 死ぬの? ああもう死んでたわね、ざまぁ」


 フラストレーションに押されるがまま口を突いて出る罵倒。

 電気刺激とか与えたら前頭葉が活発化して理性的になったりしないもんかな。

 尤も、この人の理性的な姿とか、想像するだけで脳バグるけど。


「ん、ごちそーさま。行くわよシンカ、クラリエッタがアタシを待ってるわ」

〔はい〕


 パン屑の付いた手を払い、軽く伸び。

 ひと頻り罵詈雑言を吐き満足した模様。併せて腹も膨れたことで上向く機嫌。


 ある種の敬服すら覚える単純思考。

 足取り軽く、禍々しい空気を放つ工業区へと踏み入って行く。


「…………チッ」


 かと思えば再び歩みを止め、苛立たしげに舌打ち。

 忙しい人だ。温度差に適応する此方の身にもなって欲しい。


「タイマンで駄目なら数ってワケ?」


 しかし急降下のは、間を置かず明らかとなった。


 低い唸り声。重い足音。

 遅ればせ僕が気付けただけでも、九頭。


「ホンッッッット、愚民だらけ」


 各々異なる、しかしいずれも等しく怪物じみた輪郭を持つ混穢レギオン達が、今にも飛びかからんばかりに身構え、ベルベット様を取り囲んでいた。











【Fragment】 参拾弐式・抗神丹こうしんたん


 旧暦中、大陸東部の国々が西方同盟の加護持ち兵士に対抗すべく共同開発した身体強化薬の正式名称。数百年の中で度重なる改良を繰り返し続けた末の現行型。

 参拾壱式と比べ強化倍率こそ多少落ちるものの、最長十日程度だった被投与者の耐用期間を二ヶ月前後まで引き延ばすことに成功した傑作。


 また、これに続く参拾参式の研究も進められていたが、室長ドゥルガー・マクスウェル失踪の折に全資料が焼き払われ、以降プロジェクトは凍結中である。

 彼に取って代われる科学者は、足跡を断ち二十年数年が経った今でも現れていない。





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