53
………………………………。
……………………。
…………。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
激しい怒気を帯びた絶叫。
突っ立っていては危険がデンジャラスなので、倒れたシェルフの影に身を隠す。
「ざっけんなァッ!!」
宙を飛び交う大小様々な家具や調度品。
状態の良い物を見繕い、居住区のあちこちから掻き集めた品々が無惨に壊されて行く。
また探さないと。
「どいつもこいつも揃いも揃って、アタシの邪魔をしくさってからに!」
ちょうど頭上にフライアウェイした置き時計を間一髪キャッチ。
旧暦五〇〇年代の貴重なアンティーク品だ。もう少し丁寧に扱って欲しい。
ベルベット様がマケスティア北西部の攻略を開始し、はや半月。
その進捗状況は……当人の荒れ具合から察せる通り、芳しくない。
「すやぁ」
暴れるだけ暴れた挙句、寝こけてしまった主人を寝室に運ぶ。
後に残ったのは、部屋ひとつ半壊した惨状。
でも寧ろ軽めに済んだ方か、なんて思う僕は毒されてるのかも。
「後で片付けとかないと」
ただでさえ使える部屋の数は日に日に減っているのだ。理由は語るに及ばず。
折角綺麗に整えた官邸も、今や半分近くが廃墟同然。
割と頑張ったんだけど、浴室とキッチンを死守するのが精一杯だった。
「に、しても」
どうしたものか。
要害は、言わずもがな
商業区の穢モノ達を数段凌ぐ戦闘能力、肉体強度、凶暴性を備えた怪物。
殊更に特筆すべきは勿論、致命傷を与えようとも即座に復元する埒外な回復力。
数十回もの殺害を繰り返さねば決して止まらず、爪牙を剥き続ける狂獣。
多頭の獣、有翼の蛇、陸を泳ぐ魚。
姿形こそ多種多様ながらも、その基本性質は完全な共通項。
一頭を倒し切るまでに、十頭に囲まれる。
お陰でこの半月間、ベルベット様は工業区の一丁目も越えられていない有様。
「……また使うべき、なのかな……」
懐に仕舞った身体強化薬のアンプルを取り出す。
亡父の手記には、少数の動物実験までしかデータが記載されてなかった代物。
つまり人間相手の臨床試験が行われていない、著しく信頼性に欠けた薬品。
実は亡霊神官の時だって、ベルベット様の体重から割り出した適正量の二割ほどに留めてたし。
僕自身で試そうにも、生憎と
困ったもんだ。
「ホントどうしよ。いよいよ砂糖の備蓄も底が見えてきたし」
ここに来て糖分切れのデバフ追加とか、真面目に笑えない。
何かしら手を講じねばならぬ頃合。しかし何をするにも、
あんな化け物、どう対処しろと。
「はぁっ……ちょっと歩きに出ようか」
煮詰まった思考を振り払う。
ベルベット様を宥めたり壊した部屋を片付けたりで、このところ缶詰め状態だった。
気分転換に散歩くらいしても、きっとバチは当たるまい。
「あ。そうだ」
もののついで。いい加減、あの人に上着を返しに行こう。
今日も時計塔に居てくれるといいんだけど。
【Fragment】 参拾参式・
新暦七三年、ドゥルガー・マクスウェルが人知れず完成させた新型の身体強化薬。
一回の投与で死ぬまで薬効が続く従来モデルと異なり、六時間程度で効果を失う代わりに被投与者への副作用や肉体的負荷を限りなく抑えた、ほぼ完全なブレイクスルー。
──だが、最早その
唯一遺された手記も、ドゥルガーの娘が内容だけ覚え、焼き捨ててしまった。
大陸東側固有の植物から抽出した成分を多く必要とするため、西側では量産不可能。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます