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 狂気じみた速度で、何かが視界を駆け巡る。


 ──大きい。


 穢れが立ち込めて輪郭こそ掴めないけれど、明らかに牛馬を凌ぐ質量。

 だと言うのに、この俊敏さ。考えるに及ばず尋常を外れてる。


「ホント躾のなってない愚民ばっかね、この街」


 そう呟いたベルベット様が半歩下がるや否や、直前まで立っていた石畳が抉れる。


 深々と刻まれた三本の痕。

 建材用の硬い石に斯様な傷を与えるなど、一体どれだけの膂力。どれだけの鋭利。


〈ヴァロォォォォォォォォォォォォッッ!!〉

「うっさ」


 舌打ち。次いで翻るガラスの刃。

 アンカー代わりにハイヒールを地へ打ち付け、襲撃者と正面衝突。

 剣身に亀裂を奔らせながらも、優に数十倍は体重差があろう巨体の勢いを上手く受け流し、完全に堰き止めた。


〈ガゴルルルルルルッッ!!〉


 そこで漸く、僕の目に敵手の姿が映る。


 黒い汚泥に塗れた、虎とも狼ともつかない、双頭の獣。

 しかし、よくよく検めればその体躯の全てがを編み込み、形作られている。


 複数の人間を絡み合わせ、穢れの泥で塗り固めた、背筋の凍るようなパッチワーク。

 幾つかの手足や頭部は出鱈目な位置から突き出し、苦悶を湛え、もがいている。


 穢モノよりも更に歪。およそまともな存在ではない。

 よもや、これが灰髪の青年が口走っていた混穢レギオンか。


〈ガァァァァァァァァァァァァッッ!!〉


 無数の刀剣が牙を模った双つの口腔を裂けんばかりに開かせ、吼える異形。

 飛び散る汚泥を顔やドレスに跳ねさせたベルベット様が、柳眉を逆立てる。


「だァから、るっさいってのよ!」


 硝子刀がらすとうを逆袈裟に振るい、巨体をかち上げ、蹴り飛ばす。

 併せ、砕けた剣身を鞘へと収め、刃を造り直し、再度抜剣。


「蜂の巣になーれ」


 銃口を突きつけ、ひと息に七発の乱射。

 狙いエイムが適当で命中に至ったのは五発なれど、至近距離の光弾は泥も骨も肉も諸共に刮ぎ落とし、拳大の風穴を穿ち抜く。


「せいっ」


 トドメの横薙ぎと振り下ろし。

 真っ直ぐ四つに斬り分けられ、崩れ落ちて散らばる混穢レギオン


 ──だが。


「はァん?」


 吹き込んだ静寂も束の間。

 肉片がアメーバさながらに蠢き、接合し、元の形へと戻って行く。


〈カロロロロ……〉


 普通ならオーバーキル級の損傷が、僅か数秒で悉く完治。

 何事も無かったかの如く起き上がり、低く唸る異形の怪物。


 …………。

 どうやら本当に、ここから先は厄介なんてレベルじゃ済まないらしい。











【Fragment】 呪い


 大掴みな意味合いでは、呪いもまた上位存在が退去し久しい現世に残った、奇跡の爪痕のひとつである。


 血や泥などの不浄に宿ることで質量を得た邪心は穢れとなり、人の心に取り憑き精神を犯し、流行病の如く伝染する。

 本来ならそこまでだが、マケスティアを取り巻く欲望が招き寄せた無銘神と番魔つがいまの邪心は、精神のみならず肉体にまで影響を及ぼした。

 それこそが呪い。根源的な部分に於いては、加護と同一のチカラ。


 語るに及ばず、呪いの源泉は穢れである。

 必然、穢れの濃度が増せば増すほど呪いの強度も比例して跳ね上がり、呑み込まれた者達は怪物じみた姿に変わって行く。


 ──まるで、喪われた神を作り直そうとするかのように。





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