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「サイテー。とんだ二度手間になったもんだわ」
憤慨しながら大通りを往くベルベット様。
貴女様が要らん真似しなければ普通にお互い素通りで済んだ話なんですけどね。
「あのインケン女、マジで覚えてなさい。三度目の正直ってやつを教えてやるんだから」
影みたいな外見だけに陰険、か。
あんまり面白くない。二点。九九〇点満点で。
亡霊四人、街灯七本、建物一軒。
先程の死亡地点に辿り着くまでの間、ベルベット様に八つ当たりを受けた尊き犠牲。
虫の居所が悪いからって周囲に当たり散らすアレな素行、即刻改めるべきだと思う。
勿論本人には言わないけど。見えてる地雷を踏み付けるとか、ただの馬鹿。
「何見てんのシンカ。胸揉むわよ」
おっと飛び火。しかし残念、今の僕は立体映像みたいなものなので指一本触れません。
そもそも、どっかの誰かさんと違って揉めるほど胸無いし。よく御存知でしょうに。
「はームカつく。ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく」
何度も踏み下ろされる踵が、幾つもの孔を深々と足元に穿つ。
古びた石畳に根元まで突き立とうと折れも曲がりもしない、鋼鉄製のピンハイヒール。
強度を求めるあまり、常人なら半日も履けば脚を腫らす重量となってしまった特注品。あれで繰り出される回し蹴りとか、ハンマーの一撃に等しい。
なんなら長手袋にもワイヤー編み込んであるし、ほぼほぼ全身武装。
よしんば裸でも手に負えないのに、更なる底上げとかホント勘弁。
まあ、この街での活動という前提条件付きなら、寧ろ相応しい備えなんだろうけど。
ベルベット様が、ふと足を止める。
「ふーん」
枯れた噴水を中央に据えた、商業区と居住区の境目にあるものと良く似た十字路。
北東側に視線を遣れば、百メートルほど先に聳える高く重厚な壁で囲われた一帯。
その逆サイドは、大きな煙突が幾つも空へと突き出した、工業施設の立ち並ぶエリア。
「成程ね。確かに少し厄介そう」
〔少しですか〕
「そ。ほんのすこーし」
……今の僕は視覚を直に送っているため、目隠しの影響を受けていない。
にも拘らず、ここからでは北端の外壁どころか、工業区の奥部さえ全く見えない。
闇夜に等しい穢れで以て、さながらカーテンの如く完全に視界を遮られている。
とどのつまり、それほどまでに濃いということ。
渦の端ですら、あの亡霊神官が腰を下ろしていた廃神殿と並ぶくらいに。
結論。少しなんてレベルじゃないです。
「ま、アタシ様の手にかかれば赤ん坊の胴を捻じ切るのと同じ話ね」
しゃらん、と
「下がってなさいシンカ。早速お出ましよ」
〔いえ、ですから何度も申し上げておりますように──〕
今の僕は単なる幻影なので、御気遣い頂かずとも大丈夫です。
そう注釈するより先。獣の咆哮に似た悍ましい叫びが、辺り一面を劈いた。
【Fragment】
呪いに呑まれ、抗う意志を失くした者は亡霊となる。
溶解と再構成を繰り返し、生前の姿形すら忘れてしまった亡霊は穢モノとなる。
そして。自他の境界さえ見失った穢モノの行き着く先こそ、
複数の穢モノ達が渾然一体と成り果てた、個にして群の怪物である。
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