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「邪魔! クッソ鬱陶しい!」
歩き始めて早五分。
固定の甘かった樽が揺れたりズレたり落ちたりで業を煮やし、叩き壊すベルベット様。
絶対こうなると思った。出発の時点で見え透いてた。
「ったく、よく考えたら向こうで容器に入れて保管してある筈なんだから、こっちで持参する必要無いじゃないの」
やっとお気付きになられましたか。
衝動任せに動けば高確率で要らぬ徒労を踏むことを、そろそろ学習頂きたい。
ま、無理だろうけど。
この人、割かし根に持つくせに自分の失敗は寝たら忘れるタイプだし。
人生とっても楽しそう。気にしぃな性分の僕としては、ちょっぴり羨ましい。
──北へ向かうに連れ、少しずつ空気が重くなって行く。
視覚と聴覚を遠隔で送受信してるだけの僕にも伝わる圧。
背骨を奔る本能的な恐怖心。もし生身だったら、足が止まっていたかも知れない。
逍遥する亡霊達の姿も、気付けば疎ら。
安全圏を外れつつある証左。いつ穢モノが現れ始めても不思議ではない頃合。
「正直ちょっと小ぶりよねー」
〔金採掘のためだけに建てられた小都市ですので〕
三時間もあれば外壁を一周出来る程度の規模。
王都は勿論、オリヴァ領が抱える五つの都市と比べても、かなり見劣りする佇まい。
……そんな猫の額に、少なくとも数千の亡霊や穢モノが蔓延っている。
肝の冷える話だ。
「邪魔」
静かに慄く僕を他所、脇道から出て来た亡霊を蹴り飛ばすベルベット様。
ホント怖いもの知らず。真面目に同じ人類か疑わしい。色んな意味で。
「チッ! アタシの通り道で倒れてんじゃないわよ!」
そっちに蹴ったの自分なのに、なんて理不尽。理不尽女王。
まだ危険域に踏み込んでもいないうちから暴れないで下さい。
〔ベルベット様。余計な消耗は避けるべきかと〕
いくら常軌を逸した体力お化けでも、スタミナゲージが無限なワケじゃない筈だし。
「わーってるわよ。天才のアタシ様に抜かりはゼロだっての」
油断と慢心の代名詞みたいな方が、何を仰いますやら。
寝言は寝て言って下さいね。
「──ん? あー!? アンタは!!」
突然の大声。忙しいなーもー。
わなわな震えるベルベット様の視線を辿ると、大鎌を引き摺って歩く女性の影。
まずい。エンカウントしちゃった。
「覚悟しなさいリィザイ! ここで会ったが百年目、アタシを殺した借りを万倍で返してやるわ!! 極刑極刑極刑極刑極刑ッッ!!」
よせばいいのに
敵意を突きつけられたため向こうも応戦。剣戟が衝突し、火花と高音を撒き散らす。
「くたばれ砕け散れ腐り落ちろバカバカバカバカバーカッッ!!」
〈…………なン、なの〉
喚き散らしながらの猛攻。
どっちが異形か、分かったもんじゃない。
「あームカつくー!! またやられたー!!」
結局、暫く刃を交えた後、身体を七つに斬り裂かれて敗北。
官邸から、と言うか官邸に居る僕の足元から再スタートと相成った。
「シンカ、昨日のクスリ寄越しなさい! 次こそ思い知らせてやる!」
多分もう居ないかと。彼女、歩くの割かし速いですし。
あと、曲がりなりにも劇薬をポンポン使おうとしないで下さい。
【Fragment】 影の女
身の丈ほどもある大鎌を携えた、若い女性と思しき痩躯のシルエット。
影が質量を得たかのような、穢モノとも亡霊とも異なる不可解な存在。
自ら攻撃を仕掛けることは滅多に無いが、害意を察知した際には機械的な迎撃を行う。
戦闘能力は極めて高く、マケスティアでも三指に連なる。
灰髪の男曰く「大の甘党だが、砂糖一粒食べられない」との談。
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