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「さあ行くわよシンカ! すぐ行くわよ今行くわよハリーハリーハリーハリー!」


 ぴょんぴょん人の周りを跳ねないで欲しい。

 頭とか踏まれそうで普通に怖い。


「承知致しました。お召し替えをさせて頂きますので、どうぞこちらへ」


 クラリエッタの名を聞いたベルベット様の転身は、それはそれは見事なものだった。

 さながら目の前にニンジンをぶら下げられた馬車馬。効果てき面。


「はーやーく! はーやーく!」


 急ぎたいなら大人しく立ってて貰いたい。

 僕の身長より高く飛び跳ねられては、剣帯も巻けやしない。






「なんかいつもと着心地違わない?」

「胴回りに手を加えてみました」


 破損部分を繕うついで、裏地に防刃布を当てた改造ドレス。

 穢モノ相手では精々が気休め程度のアップグレードだろうけど、足しにはなる筈。


「そ。まあいいわ、支度が済んだなら早速出るわよ」

「御意」


 せっかち極まれり。既に頭の中は甘味で一杯な様子。

 いっそ感心するほど欲望に忠実な人だ。


 ……ところで。


「あの、ベルベット様。は一体なんでしょうか」

「はァん? 樽に決まってるじゃない、たーるっ」


 勿論、物自体が何かなんて見れば分かる。

 僕が聞きたいのは、どうしてそんなもん背負ってるのかってことだよ。


「こいつにクラリエッタを詰めて持って帰るの。明日以降のティータイムが楽しみだわ」

「ですか」


 樽の大きさが、そのままベルベット様の期待値に直結してる。

 はしゃぎ過ぎ。でも無理からぬ話か。最後に食べたの、かなり前だし。


 ……もし仮に、これで精製所が駄目になってたら、一体どうなってしまうのか。

 想像するのも恐ろしい。官邸内の隠し部屋とか探しとこう。避難用に。


「さあ、いざ出発! 世界最高の砂糖がアタシを待っているわ!」


 僕は先日同様、祈術きじゅつを介して耳目を繋げさせて頂きます。

 商業区と違って完全に初見の土地だし、地図付きのナビゲートはあった方が良いよね。






「ねえシンカ」


 なんでしょう。


「工業区にあるのって、糖水晶とうすいしょうの加工施設なのよね?」


 いかにも。


「じゃあ、もしかしてクラリエッタだけじゃなくて、キリルも手に入るのかしら?」


 …………。

 お願いですから、滅多なこと考えないで下さいね。











【Fragment】 ヨァヒト・バードレルゴ(3)


 王族の一員に迎えられてからは文官の立ち位置を得て旧体制の解体や現代に合った形での法改正などの政治改革を推進しており、既得権益を抱える保守派とは折り合いが悪い。

 ベルベットとの婚約も、本を正せば政敵達からの嫌がらせの一環。


 また、贅を尽くした生活が性に合っておらず、色々な意味でストレスが絶えない。

 それを見かねたスラムの仲間達が何人か王城で職に就き、時折ガス抜きをさせている。


 ちなみに王族となって最も後悔したのは、イヴァンジェリンが人目につく場では自分を『殿下』と呼ぶようになったことである。





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