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昨夜の、時計塔での会話を思い返す。
〈砂糖か……だったら、ひとつアテがある〉
そう言って金鉱の方を指差す灰髪の青年。
つられて身を乗り出すと、また僕が足を踏み外さないようにか、肩を抱かれた。
優しい。
〈あそこじゃ、金の他に少量だが
「え」
身分相応の財力を有するオリヴァ家でさえ、そうそう御目にかかれぬ超希少糖。
癖や雑味の無い上品な甘味と、新雪のようにまろやかな口溶けの良さが特徴的で、それ単体でも凡その菓子が霞んでしまう逸品。
当然ベルベット様も大好物。
前に僕が帝国の皇太子殿下から壺一杯贈られた時は、あっという間に嗅ぎつけて殆ど掠め取って行った上、三日で残らず舐め尽くしたほど。
尤も、あの時は処分に困ってたし、寧ろ助かったんだけどね。
高級品は口に合わない。甘過ぎるのも苦手。
〈で、採掘された
地図持ってるかと聞かれたため、首肯を返しつつ差し出す。
〈あー、確かこの辺……そうそう、ここだ〉
既に僕が色々書き込んでいる地図上へと加わったバツ印。
……第二の渦の中心に、程近い地点。
〈どうする? 御所望なら取って来るぞ。まだ建物が無事かは知らんがな〉
「お気持ちは嬉しいですが……」
何が起こるか分ったものではない、特級危険地帯へのお使い。
紅茶一杯の返礼としては、いくらなんでも貰い過ぎだ。
それに──この情報は、ベルベット様の説得に使える。
一番小さな渦だった商業区でさえ、トントン拍子の制圧とは行かなかった。
然らば今後は、より一層の苦境が予想される。気の向くまま駆け回ったところで徒に死を重ね、ずるずると穢モノに近付くだけだ。
取り分け、工業区と比べてさえ大きさも濃度も明らかに異質かつ桁違いな金鉱への立ち入りは、十分な情報を得るまで避けたい。
欲を言えば一生避けたい。呪いを解くためには、そんなワケにも行かないのが悲しい。
兎にも角にも、まだ時期尚早と僕は判断している。
「ちょうど、次はこっちに向かわせようと考えていたんです。そのついでに探しますよ」
くじ引きにイカサマを仕込む手間が省けた。
目ざといベルベット様を同じ手で何度も騙くらかすのは危険なため、かなりの僥倖。
〈そうか。ま、詳しい場所は近くまで行けば分かると思うぜ〉
ただ、と前置きを入れ、言葉を続ける灰髪の青年。
〈気を付けろよ。街の北側は空気が悪い〉
おもむろに背を向け、靴音と共に離れる後ろ姿。
〈どこもかしこも、
「れぎおん?」
聞き慣れない単語。
その忠告を締め括りに、彼は時計塔から飛び降り、立ち去った。
「あ、待っ」
上着、忘れてますよー。
【Fragment】
名前の通り水晶に良く似た、しかし実際は石炭に近い樹木の化石。
そのままでは有毒だが、成分分離及び精製処理を行うことで食用となる。
精製後の
同量の銀より高価な上に極めて希少で、ごく一部の人間しか味わえない代物。
また分離した毒素の方も、キリルという名で闇市に出回っている。
小さじ半分で大熊も死ぬほどの猛毒だが、クラリエッタの十倍美味いと言われており、手を出す者は後を絶たない。
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