45・閑話4
「おじゃまー」
返事も待たず開け放たれる私室の扉。
ペンを握る手を止め振り返れば、王城の空気に不似合いな、やさぐれた風貌のメイド。
相変わらず、制服姿が板についてない。
まあ、半分は昔のイメージが原因だと思うが。
「お前……まさか他の奴等にも同じ態度で接してないだろうな」
「んなワケねーっしょ。それでクビになったら姉様の顔に泥塗るじゃん。そうなるくらいなら舌噛んで死んだ方がよっぽどマシ」
俺と同様イヴに拾われ、十代前半の時節を共に過ごした孤児の一人。
本来なら王城勤めが適う身分ではないが、一等神官の推薦状付きとなれば話は別。
文官、延いては大臣達の中にも、彼女のファンは多い。
──イヴが俺達を養うため神殿へ入って以降、王都西区は変わった。
自身の持つ権限、更には給金の大半を注ぎ込み、本格的な救済活動に着手。
病人への医療支援、生活困窮者への物資配給、果ては基礎教育や職業斡旋まで。
ベルベットにオリヴァ領へと連れ帰られてしまった後も、そうした活動は継続された。
その働きにより、スラムは十年前と比べて浮浪者の数が大きく減少。治安問題も劇的に改善され、様々な面が好転した。
──故にこそ。王都は今、あまり空気が良くない。
「丁度良かった。この書状を出しておいてくれ」
「またオトナリの皇太子サマに?」
頷く。
少し前に流れ始めた、イヴが帝国に売り渡されるという噂。
王国神殿は深刻な水質汚染を払拭するための一時的な出向と誤魔化しているが、金の動きを探れば真相は明らかだ。
何より、帝国皇太子のイヴに対する執心は周知の事実。
去年の新年祭の折、彼女が神楽を舞う最中の壇上に乱入した事件は、記憶にも新しい。
「イヴを失えば、恐らくスラムは掃き溜めに逆戻りだ。そうさせるワケにはいかない」
「素直に自分が行って欲しくないって言えばいーのに」
「行って欲しくない。これ以上、離れ離れになるのは御免被る」
なので話し合いの場を設けるべく、ここのところ繰り返し手紙を送り付けている次第。
取り敢えずは返事が来るまで続けるつもりだ。交渉は忍耐こそ肝要。
「でも帝国への抗議よか、姉様が連れ出されたことの始末をつける方が先じゃない? あのバカチビが親からむしり取った領地、かなりヤバい曰く付きって聞くけど」
…………。
「アイツ。もし姉様に怪我でもさせたら、ただじゃ済まさない」
そっちは寧ろ、後回しでいい。
「ベルベットが居るなら、イヴの身に危険は無いさ」
小柄で可憐な容姿とは裏腹、極めて攻撃的かつ猛獣じみて凶暴。
道を歩いてたら肩がぶつかった、なんて理由でマフィアの一派を潰したことさえある、生まれついての捕食者にして暴君。
「お世辞にも、信頼の置ける人品とは評し難いが」
彼女が神殿に居た頃の三年間、それなりの交友があった。
イヴを侍女のように扱う態度が許せず、会う度に突っかかっては酷く泣かされた。
正味の話、トラウマに近い苦手意識すら抱いてる相手。
──だがしかし。これだけは自信を持って断言出来る。
「あいつは、イヴのことが大好きだからな」
「ハァ!? あーしの方が大好きだし!」
張り合うなよ。
第一それを言い始めたら、俺が一番に決まってるだろ。
【Fragment】 ヨァヒト・バードレルゴ(2)
イヴァンジェリンの働きによって教育を受けられるようになり、そこで才能が開花。
各分野の知識をスポンジの如く吸収し、やがては王城にまで噂が届くほどとなった。
──ひょんな偶然の巡り合わせから自身が王族の血を引いていると知った時、最初に抱いた感情は怒りに近い憤りである。
けれど同時に、光明だとも思った。
庶子であろうと王子なら、その地位は一等神官よりも上。
然らば──手を伸ばせるかも知れない、と。
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