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〈アンタの主人は、結構な手練れみたいだな〉


 湯気薫る紅茶を静かに啜りながら、街の南側を指差す灰髪の青年。


 中枢となっていた噴き上がる黒い柱が消え、螺旋の形は崩れ、密度も薄れた渦。

 亡霊や穢モノのような一個体の蘇生とはワケが違う。これを元通りに再構成させるとなれば、相応の時間を要する筈。


〈最後にウルスラが倒されたのは……ああ、ミハエルが来た時か。懐かしい〉


 ……この人は、一体いつからマケスティアに居るのだろう。


 言動や風貌こそ同年代に見えるけど、あまり参考にはならない。

 もしかしたら、こっちの想像より遥かに長い歳月を過ごしているのかも。

 お嬢さん扱いされたし。


 あと、僕も名乗ったんだし、出来れば名前を教えて欲しい。

 いつまでも『灰髪の青年』じゃ、ちょっとね。


〈ウルスラが蘇るには四十日前後かかる。その間に残りも片付ければ、街の穢れは散る〉


 そう言って彼の指先が、北西部の工業区と北東部の金鉱に向かう。


 南部よりも遥かに大きく濃く禍々しい、直視すらも憚られるような二つの渦。

 今だけは目隠しに感謝。


「……もし、この街から呪いが消えたら。呑み込まれていた人々は、どうなりますか?」


 詮無い質問だ。つい口を突いて出てしまった。

 そんなこと、誰にも分かる筈が──


〈てめぇの形を覚えてさえいれば、活きた身体で解放される〉

「え」


 まさかの明答。

 完全に想定外で、思わず呆けてしまう。


〈溶けちまった奴等は、もう無理だがな〉


 僕の抱いていた希望的観測に程近い始末。

 とどのつまり、ベルベット様の助かる道が──まだ、残っている。


 勿論、彼の話に裏付けは無く、真偽を確かめる術も無い。

 けれど、少なくとも嘘を並べてるようには聞こえない。


〈ン、ごっそさん。美味かったぜ〉


 脳裏で思考を纏める最中、灰髪の青年が空になった水筒を置いた。


〈また礼をしなきゃな。俺に出来ることなら、なんでも言ってくれ〉


 たかが紅茶一杯で大袈裟。まあ、この街で嗜好品が貴重なのは明らかだけどさ。


 断ろうと口を開きかけるも、遠慮する方が却って面子を潰すか、と思い直す。

 でも何かあったかな。官邸の掃除と修繕はすっかり終わっちゃったし。


「あ」


 ふと浮かぶ、直近での困りごと。


「では、お言葉に甘えて。少々知恵を貸して頂きたいのですが」

〈知恵?〉


 どうにか早いうちに解決を図りたい、悩みのタネ。


「砂糖が手に入りそうな心当たり、ありませんか?」











【Fragment】 イヴァンジェリン


 旧暦新暦を含め、西方同盟の歴史に於いて最年少での就任を果たした一等神官。

 世にも珍しい銀色の髪と浅紅色の瞳を持つ白皙の女性。


 幼少より王都西区のスラムで育ち、利発さと器用さを活かし日銭を稼いでいた。

 縋り付かれれば受け容れる性分ゆえ、齢十を数える頃には多くの孤児達の姉代わりとなり、皆を養うべく十三歳で神殿に入る。


 本来なら確実に花刺繍はなししゅうへ就いていただろう、類稀な美貌の持ち主。

 必然、欲する者は山ほど居たが、あまりに高額過ぎるを誰も支払えなかった。


 ──帝国皇太子が、王都の新年祭で神楽を舞う彼女に、心奪われるまでは。





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