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幾許か──時と場所を遡る。
「穢れの操作ぁ?」
官邸の一室でカフェテーブルに足を投げ出し、首を傾げるベルベット様。
アンチマナーを承知でやってる分、単に無教養な人間より数段タチ悪い。
「はい。あ、いえ、厳密には違うと思うのですが……的確な表現が分からなくて」
「ハッキリしないわねー」
世の中とはそんなもの。人生は玉虫色。
「……そう、ですね……あの亡霊神官を中心に渦巻く穢れが自発的に彼女を護っている、というニュアンスが最も近いかと」
「はァ? 小汚いモヤが勝手にとか、あり得るワケ?」
勿論、普通なら考えられない。
しかし、穢れとは質量を孕んだ邪心。
高い濃度で凝り固まれば、それ自体が何かしらの意思を発現させても不思議ではない。
何より僕は見たのだ。
この人の身体が穴だらけとなった瞬間の、一部始終を。
「彼女を斬る間際、周囲の穢れが棘のような形を作り、貴女様を貫いておりました」
自動迎撃、及び自動防御。
知覚範囲は恐らく半径二メートル前後。飽和レベルで穢れの濃い、渦の中核。
「ふん。つまりアタシは何十回と自分から切っ尖に飛び込んでた間抜けってコトね」
肯定すると臍を曲げそうだから、沈黙と愛想笑いで間を稼ぐ。
「で? ちゃーんと対策も練ってあるのよね?」
ここで「ありません」とか言ったら、大変な目に遭うんだろうなー。
「東方の秘薬を使います」
紫がかった薬液を吸入させた注射器。調合したばかりの身体強化薬。
これをベルベット様に投与すれば、まさしく鬼に金棒。
……臨床試験の記録も無い代物など使いたくなかったけど、やむなし。
真っ当な手段じゃ、あの防御を突破するのは至難の業だ。
第一、呪いに蝕まれた現状の方が、よっぽど不健康。
「力尽くで押し切りましょう」
レベルを上げて物理で殴る。
それが出来るなら、そうするのが一番手っ取り早くて賢いよね。
〈あ……ああ、あ……〉
半身を失くし、紙屑同然に床を転がり、力無く斃れ伏す亡霊神官。
そんな彼女を再び取り込むべく、まるで生き物のように蠢く穢れ。
だがしかし、ばら撒かれる光弾に妨げられ、強制的に散らされて行く。
〈……い、や……やめ、て……〉
意外だったのは、祈りを断たれた亡霊神官が、穢れから逃げる素振りを見せたこと。
〈もう、嫌なの。嫌なのぉ〉
怯えたように涙を湛え、半分だけの身体で、必死に這いずる。
〈もう……私を……手折らない、で〉
街を浸す呪いの中心の一角とは俄かに信じ難いほど、弱々しい姿。
〈……イド……どこ……何も……見えない、の……〉
その掠れた言葉を最期に、亡霊神官は息絶えた。
穢モノは息をしないけど、あくまで表現として。
「──っしゃあァァッ!! ざまぁないわね不敬者! いつの世も正義が勝つのよ!」
苦節七日間の末の勝利。
積もりに積もった溜飲が下り、勝鬨を叫ぶベルベット様。
自分が正義側だと思ってたとは、なんと烏滸がましい。
…………。
ふと、亡霊神官の首筋に視線が向く。
ぼろぼろの神官服。
その襟元に縫い込まれた、褪せた花の刺繍。
「ああ」
彼女が渦の中心、欲望の拠り所となっていた理由を察する。
そういうことか。成程ね。
「シンカ! アンタも喜びなさい! 今夜はオールナイトフィーバーよ!」
デリカシーの無い人だ。
少しは感傷に浸らせて欲しい。
【Fragment】
新暦三七年に神殿内で増設された、書面上には存在しない役職。
八等以下の神官の中で、特に容姿に恵まれた者が就く。
己の魅力を駆使し、有力者との繋がりや大口の喜捨を得るのが主な役割。
彼女達の仕事には『献花』などの隠語が用いられる。
新暦に於いて神官が、貴人の女性から蔑視を受けやすい理由のひとつ。
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