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 無銘神の加護という反則級のチートを振るい、嘗て二十の国家が乱立していた大陸西部の版図を三色へと塗り潰した西方同盟。


 次いで標的に定められたのが、まあ必然と言うべきか、大陸東部。

 数百年もの永きに亘り、夥しい量の血と骸を伴う衝突が繰り返された、鉄臭い歴史。


 さて。この話を初めて聞いた際、僕はひとつ疑問を抱いた。


 ベルベット様と同等の身体能力を持つ兵士がだった、旧暦の西方同盟。

 そんな化け物達の侵攻を、しかも百年単位で、東側はどうやって食い止め続けたのか。


 その答えは、神殿の蔵書を読み漁ることで得た。

 尤も、半ば自分なりの考察だけど。


 ──主な要因は二つ。


 第一に中央山脈の存在。平均標高五千メートルを超える切り立った険峻が大陸の東西を完全に二分し、双方への往来を阻んでいる。

 謂わば天然の防壁。これの所為で大規模な派兵が難しく、また満足な補給線の確保も儘ならぬというディスアドバンテージ。

 守るに易く攻めるに難い。そも山越えって時点で大軍の天敵みたいなもんだし。


 そして第二に──東側が擁する、特異な薬学技術の恩恵。


 とどのつまりドーピング。西側の加護に対抗すべく考案されたプラン。

 著しく寿命を削る代わり、人体の限界すら超えた能力を引き出す薬物の投与を受けた強化兵士達が最前線に立つことで、西方同盟からの侵略行為を幾度となく退けたのだ。


 …………。

 今世に於ける顔も知らない僕の父は、東方の人間だった。

 それも、その強化兵士に携わる研究者であったらしい。


 何故、東方人の父が王国に居たのかは分かりかねる。

 事情を知ってたやも知れぬ母も十五年前に亡くなったため、今や真相は闇の中。

 そもそものところ、あまり興味も無い。


 ただ──父が遺した手記の中に潜んでいた調合比率表レシピ


 御丁寧に暗号で隠された、とある薬品の作り方。

 その薬効を鑑みれば、なんとなく経緯には察しがつく。

 むべなるかな。






「チクッとしますよ」

「ふんっ!」

「腕の力を抜いて下さい。針が貫通とおりません」


 平時は外見相応なのに、力むと金属みたいに硬くなる。

 ホントに人間かな、この人。


「やーね。ジョークよ、ベルベットジョーク。大いに笑うがいいわ」

「あはははははは」


 おもんな。


「では行きます」


 えいやっと突き刺し、いざ投与。

 その光景を興味津々に見つめるベルベット様。実に怖いもの知らず。


「……え?」


 針を抜いた後ガーゼを当てるも、全く血が滲まない。

 嘘でしょ。筋肉の締め付けで塞いでるよ。この世界の注射針、かなり太いのに。


「うっ……く、おぉ……」

 

 と。おもむろに膝をつくベルベット様。

 程なく彼女の輪郭を陽炎が歪め、異様な空気を纏い始める。


 何これ知らない。怖っ。


「力が……力が溢れるわ……」


 …………。

 盛り上がってるとこ申し訳ありませんが、いま打ったの、ただの栄養剤です。

 近頃ビタミン不足気味だったし。


「これが東方の秘薬……!!」


 違います。本命は次に打つやつです。

 思い込みの力が凄まじい。たぶん風邪薬とか飲んだ瞬間に治るタイプ。

 典型的なプラセボ効果。なんて単純な人だ。











【Fragment】 ドゥルガー・マクスウェル


 東方に於いても屈指の、極めて優秀な科学者だった。

 だが、あまりに優秀過ぎた。


 ある日、彼は投与対象に殆ど副作用を齎さない身体強化薬の調合に成功してしまう。


 そんな代物が量産されれば、今度は東の諸国が西への侵略行為に打って出るだろう。

 故に祖国から姿を消し、死に目に遭いつつも山脈を越え、王国へと移り住んだ。

 その後は現地で妻を娶り、穏やかな余生を過ごすも、無理が祟って早逝する。


 件の新薬は、どうしても調合比率表レシピを処分出来ず、手記の中に紛れさせた。


 誰にも存在を勘付かれぬよう、複雑な暗号化を施した上で。





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