38






「お帰りなさいませ」


 感覚の接続を解き、足元に横たわる主の顔を覗き込む。


 また死に戻りスコアに加点一。

 今のところ穢モノ化の兆候らしき異変等は窺えないけど、一体いつまで保つことか。


 そも呪いに取り込まれてから、どのくらいの期間を経てのかさえ不明瞭。

 切実に情報が欲しい。記録とか資料とか、どこかに都合良く残ってないかな。


 まあ、それはひとまず置いといて。


「お加減いかがです?」

「さいこー」


 うーん天邪鬼。この人、不機嫌が募りに募ると逆に罵倒が引っ込むんだよね。

 かなりの赤信号。出来れば半日くらい放置したいけど、そうも行かない二人暮らし。

 機嫌を取るべく用意しておいたティーセットを指し、猫撫で声を作る。


「どうぞ、おかけ下さい。今日はスコーンがとても綺麗に焼けたんですよ」

「……ちゃんとチョコチップ入ってるんでしょうね」


 そりゃもう、たっぷりと。

 貴女様の嗜好は弁えておりますので。






 どばどばカップに落とされる大量の角砂糖。

 かき混ぜもせず一気に呷り、殆ど溶けていない塊を噛み砕く。

 だいぶアンチマナー。よく舌を火傷しないもんだ。


 ……街を訪れて未だ十日足らずだと言うのに、既に備蓄が三割近く減ってしまった。

 もし切らしたら、などと想像するのも恐ろしい。どうにか補充手段を考えないと。


「はームカつく。あームカつく。なんなのアイツ、このアタシに無礼過ぎ。極刑よ極刑」


 糖分補給で多少機嫌が上向いたのか、途端に口を突き始める罵倒。

 良かった。いつまでもカリカリされてちゃ話も儘ならない。


 タイムイズマネー。時には拙速も必要だ。

 折角、あの亡霊神官のカラクリに目星が付いたのだから。


「ベルベット様」

「あによ。おかわり」


 僕の拳より大きなスコーンを五つも平らげておいて、更に欲しがりますか。

 燃費悪過ぎ。凝縮された筋骨は常人よりも遥かにエネルギーを消耗するのだろう。

 

 二杯目の紅茶と併せ、焼いた分を全て差し出す。


「ひとつ、お願いさせて頂いてもよろしいですか?」

「んなもん内容によるわね。言ってみれば」


 よし第一関門クリア。

 機嫌が悪いと、この「言ってみれば」にも辿り着けやしない。


の幾つかを、お借りしたいのです」


 オリヴァ辺境伯閣下同様の蒐集癖。

 ただしベルベット様のコレクションは、父君とは少々ばかり趣が異なる。


「……何が欲しいワケ?」

「東方の薬物を少々」


 劇薬、毒薬、火薬、爆薬、麻薬。

 そういう珍妙な危険物を集めるのが好きなんだよね、この人。完全にサイコパス。


 しかも肝心な管理は僕任せ。ホント勘弁願いたい。

 馬車に積み込む時なんか、どれだけ苦労したことか。











【Fragment】 ガル=ズィーガ


 古い西方言語で『怪物』を意味する言葉。

 王都西区を中心に広く知られた、ベルベットの渾名でもある。


 十代前半、凶暴の全盛だった彼女を象徴する呼称。

 スラムのアウトロー達には、今尚その名を聞いただけで震え上がる者も多い。


 ベルベットは当時の伝手を使い、正規での入手が難しい薬物などを横流しさせている。

 中には禁制品も少なからず混じっているが、バレなければ犯罪ではない。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る