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「お帰りなさいませ」
感覚の接続を解き、足元に横たわる主の顔を覗き込む。
また死に戻りスコアに加点一。
今のところ穢モノ化の兆候らしき異変等は窺えないけど、一体いつまで保つことか。
そも呪いに取り込まれてから、どのくらいの期間を経て転じるのかさえ不明瞭。
切実に情報が欲しい。記録とか資料とか、どこかに都合良く残ってないかな。
まあ、それはひとまず置いといて。
「お加減いかがです?」
「さいこー」
うーん天邪鬼。この人、不機嫌が募りに募ると逆に罵倒が引っ込むんだよね。
かなりの赤信号。出来れば半日くらい放置したいけど、そうも行かない二人暮らし。
機嫌を取るべく用意しておいたティーセットを指し、猫撫で声を作る。
「どうぞ、おかけ下さい。今日はスコーンがとても綺麗に焼けたんですよ」
「……ちゃんとチョコチップ入ってるんでしょうね」
そりゃもう、たっぷりと。
貴女様の嗜好は弁えておりますので。
どばどばカップに落とされる大量の角砂糖。
かき混ぜもせず一気に呷り、殆ど溶けていない塊を噛み砕く。
だいぶアンチマナー。よく舌を火傷しないもんだ。
……街を訪れて未だ十日足らずだと言うのに、既に備蓄が三割近く減ってしまった。
もし切らしたら、などと想像するのも恐ろしい。どうにか補充手段を考えないと。
「はームカつく。あームカつく。なんなのアイツ、このアタシに無礼過ぎ。極刑よ極刑」
糖分補給で多少機嫌が上向いたのか、途端に口を突き始める罵倒。
良かった。いつまでもカリカリされてちゃ話も儘ならない。
タイムイズマネー。時には拙速も必要だ。
折角、あの亡霊神官のカラクリに目星が付いたのだから。
「ベルベット様」
「あによ。おかわり」
僕の拳より大きなスコーンを五つも平らげておいて、更に欲しがりますか。
燃費悪過ぎ。凝縮された筋骨は常人よりも遥かにエネルギーを消耗するのだろう。
二杯目の紅茶と併せ、焼いた分を全て差し出す。
「ひとつ、お願いさせて頂いてもよろしいですか?」
「んなもん内容によるわね。言ってみれば」
よし第一関門クリア。
機嫌が悪いと、この「言ってみれば」にも辿り着けやしない。
「蒐集品の幾つかを、お借りしたいのです」
オリヴァ辺境伯閣下同様の蒐集癖。
ただしベルベット様のコレクションは、父君とは少々ばかり趣が異なる。
「……何が欲しいワケ?」
「東方の薬物を少々」
劇薬、毒薬、火薬、爆薬、麻薬。
そういう珍妙な危険物を集めるのが好きなんだよね、この人。完全にサイコパス。
しかも肝心な管理は僕任せ。ホント勘弁願いたい。
馬車に積み込む時なんか、どれだけ苦労したことか。
【Fragment】 ガル=ズィーガ
古い西方言語で『怪物』を意味する言葉。
王都西区を中心に広く知られた、ベルベットの渾名でもある。
十代前半、凶暴の全盛だった彼女を象徴する呼称。
スラムのアウトロー達には、今尚その名を聞いただけで震え上がる者も多い。
ベルベットは当時の伝手を使い、正規での入手が難しい薬物などを横流しさせている。
中には禁制品も少なからず混じっているが、バレなければ犯罪ではない。
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