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「ちっ」


 舌打ちと併せ、織り重なって響き渡る銃声。


 しかし結果は全て同じ。

 人一人ミンチにして余りある威力の光弾が、悉くで掻き消えてしまう。


「あーもーサイテー! 毎回コレ!」


 十数発目で癇癪を起こしたベルベット様が、銃を床に叩き付ける。

 クゥミを簡単に砕く馬鹿力で握り締めても壊れない特注品じゃなかったら、今のでバラバラだ。


「なんでハジキが効かないのよコイツ! クッソ腹立つ!」


 今に始まった話じゃないにせよ、仮にも伯爵位持ちの上級貴族様なのだから、いい加減そういう粗野な言葉遣いは慎むべきかと。

 出会った当初は、まだ幾分かマシだったのに。しょっちゅう神殿を抜け出しては西区のスラムへ遊びに行っていた所為で、すっかりヤンキー口調が染み付いてしまった。


 閑話休題それはさておき

 

〈主よ、主よ、主よ、主よ。無知なる魂を御守り下さい。脆弱なる肉体を御守り下さい。孤独なる精神を御守り下さい。不確かなる明日を御守り下さい──〉


 銃撃など意にも介さず、或いは気付いてすらいないのか、相変わらず淡々と祝詞を垂れ流し続けるばかりの亡霊神官。

 そんなノーリアクションが更に神経を逆撫でたのか、ベルベット様の機嫌は急転直下。

 額に青筋を浮かばせ、硝子刀がらすとうを構えた。


「叩っ斬る」

〔お待ちを〕


 全く気は進まないけど、制止の声を送る。

 嫌だなー。


「……あによ」


 踏み込みかけた爪先を緩め、剣呑な眼差しで此方を睨むベルベット様。

 短気過ぎ。噛み付く際のレスポンスとか、ほぼカウンターパンチャー並み。もうちょっと寛容さを養うべきだと思う。

 まあ、この人が温厚に振る舞い始めたら、真面目に世界の終わりを疑うけど。


 ともあれ察するに、だ。


〔そうして不用意に近寄っては何らかの反撃を受け、今日この時に至るまで数十もの死を積み上げたのではありませんか?〕

「…………まーね。そーね」


 幸い、向こうはベルベット様に意識すら向けていない。

 見定めるには好都合。まずは圧倒的に不足している情報の収集と分析から始めるべき。


〔逸る気持ちは分かりますが、同じ轍を踏み続けたところで、事態の進展は望み薄かと〕

「……ちっ。わーったわよ」


 不承不承ながら切っ尖が下りる。

 あー良かった。ひとまず納得してくれた──


「とでも言うと思ったかァッ!! 這いつくばり晒せや不敬者ッッ!!」


 油断大敵。やけに物分かりが良いとは思ったんだ。


 バネのように勢い良く跳躍、一直線に亡霊神官へと押し迫るベルベット様。

 肉食獣じみた瞬発力。まさしく生まれついての捕食者プレデター


「リィザァァァァイッッ!!」


 口汚いスラング混じりの横薙ぎ一閃。

 まともに食らえば、鎧った兵士の胴も両断するだろう太刀筋。

 少なくとも、背を向けたまま応じられるような剣戟ではない。


 なのに。


「──がっ」


 瞬く間だった。


 硝子刀がらすとうが標的を捉えるより先、ベルベット様を穿つ拳大の孔。

 服も皮も肉も骨も構わず、全身其処彼処を真円にくり貫かれ、くしゃりと斃れる肢体。

 

〈主よ、主よ、主よ、主よ。無知なる魂を御守り下さい。脆弱なる肉体を御守り下さい。孤独なる精神を御守り下さい。不確かなる明日を御守り下さい──〉


 広がる血溜まりと共に溶けて行く亡骸。

 一変し静まり返った聖堂内に低く波紋する、無機質かつ無感情な祝詞。


 …………。


〔成程〕


 銃弾が届かなかったのも、そういうカラクリか。

 埒外な話だ。











【Fragment】 リィザイ


 西方言語で用いられる一種のスラング。

 語源も意味も地方によってズレがあり、正確な定義こそされていないが、概ね罵倒。


 ベルベットの場合「アホ」「ボケ」「短足」「不細工」「クソ雑魚ナメクジ」「ゴミクズ」「くたばれ」のニュアンスで使うことが多い。

 勿論のこと、およそ貴族令嬢が口にする類の単語ではない。





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