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 いつ襲われるかも定かでない。ついでに精神的な衛生環境も悪い。

 そんな状況下で綽々と軽食を摂れるのは、きっと一種の才能だろう。


「あーむっ」


 肉をアルパンで挟んだサンドイッチにかぶり付くベルベット様。

 少しでも食欲に繋がるよう塗ったマスタードが気に入ったらしく、満悦な様子。


「ボチボチね」

〔お口に合ったなら幸いです〕


 ちなみにマスタードは神殿が専売している調味料なので、一応僕も自作出来る。

 自分じゃ食べないけど。味の濃いもの苦手だし。

 調味料とか、匙一杯の塩があれば十分。


「ワインとの相性も悪くないわ」


 水筒をひっくり返し、がぶ飲み。

 危険区域で酒を飲むの、やめて下さい。






「さァーて。腹も膨れたし、行きますか」

 

 抜き放った硝子刀がらすとうを肩に担ぎ、空いた方の手には銃。

 舐めプ癖が酷いベルベット様には珍しい、本気寄りの臨戦態勢。

 ……顔は微妙に赤いけど。まさか酔ってないよね、この人。


「くたばりなさいキック」


 なんの捻りも無い命名の前蹴りが、老朽化した家屋の壁を破壊する。

 一メートル横にズレればドアあったのに。やっぱり酔っ払ってるよ、この人。


「ひっく。ざけんじゃねーってのよ、ドサンピンの愚民どもがぁ」


 轟音を聴き付け、奇声を上げて集まる多数の穢モノ。

 二十。三十。もっと居るかも。


「るっさい」


 我先にと飛び掛かってきた四体の先陣を、ガラス刃が纏めて斬り刻む。


 些かも剣速を落とさず、直角どころか鋭角にすら曲がる、変幻自在の太刀筋。

 持って生まれた柔らかく強靭な筋骨ありきの、才能に飽かせた超絶技巧。


「そらドンドン来なさい。極刑ついでにアタシの領地経営方針を叩き込んであげるから」

〔え〕


 経営方針。そんな概念がベルベット様の中にあったとは、驚愕の極み。

 曲がりなりにも領主としてマケスティアに立つ彼女の基底。是非とも拝聴奉りたい。


「逆らう奴はブチのめす!」


 回し蹴り。

 数倍は質量差が開いている筈の巨体に、たたらを踏ませる。


「気に食わない奴はブチのめす!」


 そのまま零距離射撃。

 光弾が銀色を瞬かせ、五体四散させる。


「ワケ分かんない奴もブチのめす!」


 相変わらず恐ろしい威力。

 僕なら野犬を追っ払うくらいが精々な上、一日に十発も撃てれば良い方なのに。


「どいつもこいつも徹底的に叩いて叩いて叩きまくって反抗心を根こそぎヘシ折れば、残るのは従順な領民ペット! オールオッケー!」


 斬撃、打撃、射撃、乱撃。

 モグラ叩きの如く、現れる端から穢モノを斃し、あっという間に殲滅。

 およそ人間離れした動き。どちらかと言えば獣に近い。


「──以上がアタシの最高にクールで頭の良いパーフェクトな民心掌握術よ。感動で咽び泣く権利をあげるわ。もちろん貢ぎ物で表現するのも可」


 静かになった街の一角で、山賊の首魁みたいな台詞と共に高笑うベルベット様。

 よしんば冗談でも酷過ぎる。僕は一体、この人に何を期待していたんだろう。


 けど後で詰められるのは御免だから、取り敢えず拍手しといた。

 流石です。いやホントに。ある意味で流石です。


「ふふっ、あははははははは──がっ」

〔あ〕


 そんなこんなのうち、物陰へと潜んでいた穢モノにクロスボウで頸椎を射抜かれ、またベルベット様は死んでしまった。

 人を呪わば穴二つ。どこの世界でも、暴君の覇権は長続きしないらしい。











【Fragment】 アルパン


 大陸西部で古くから食される、ベーグルに似たパン。

 保存が利き栄養価も高いが、分量比率や調理手順を少しでも誤ると極端に味が落ちる。


 シンカの焼くアルパンは、ベルベット曰く「八十点」。





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