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 ──薄暗い路地裏に、剣尖の軌跡が幾つも奔り抜ける。


 瞬きの間に六太刀。

 一刀一刀が、鉄パイプくらいなら容易く断ち落とせる鋭さ。


 北方剣術の達人であった、ベルベット様の上の兄君。

 その技術ワザの精髄を見ただけで掴み、あまつさえ自分用に昇華させた剣。


 本人の凶暴さを多分に反映し、極めて攻撃的な改造が施された術理。

 対人で振るうには度が過ぎた殺傷性を宿した、謂わば怪物を狩るための牙。


「ずん、ばら、りぃん」


 斃れ伏す六体の穢モノ。

 体表を覆う泥やタールに似た黒──ナマクラ程度では刃が立たぬ護りを裂かれ、内側の骨肉を断たれ、自らの形を保てなくなり、溶けて行く。


「っし。だいぶ硝子刀コレの扱いにも慣れたわ」


 一方で罅ひとつ、刃毀れひとつ入っていないガラス刃を眇め、満足げなベルベット様。


 硝子刀がらすとう特有の奇妙な納刀音を響かせ、ドレスの裾を払う姿に、僕は思った。


 人間やめてるよね、と。






 商業区に入って以降、のべつ幕なしに押し寄せて来る穢モノ達。

 一体この街に、どれだけの数が蔓延っているのか。


 加えて厄介なのは、居住区と比べ明らかに地図との乖離が激しい建物の配置。

 恐らく嘗ての好景気にあやからんとした商人が、挙って拠点を構えた結果だろう。


 そういった過去の影響、雑多な欲望が刻み付けた爪痕か、一段と穢れも濃い。

 まともな人間なら、息をするだけで精神に異常を来すような濃度。


 僕の加護無しに、よく今まで平然と動き回れたものだ。

 常軌を逸した自我の強さ。度が過ぎたワガママも、視点を変えれば長所になるのか。

 なんだかなー。


「ばーん」


 振り返りもせず、脇腹越しに背後を撃つベルベット様。

 無音で忍び寄っていた穢モノの身体が、半分近く吹き飛んだ。


 ……背中にも目玉が付いてるのかな、この人。






〔ところでベルベット様。ひとつ聞かせて頂いても、よろしいでしょうか?〕

「あによ」


 穢モノの襲撃が暫し途切れた頃合、ふと浮かんだ疑問を切り出す。


〔マケスティア南部に穢れの渦を作っているは、なんなのですか?〕


 生憎、地図にはそれらしきものが載っていなかった。

 大規模な商店か、はたまたヤクザ者の根城か。


「あぁ……」


 言ってなかったかしら、と後ろ首を掻くベルベット様。

 次いで短く告げられた単語に、僕は少しだけ目を見開いた。


「神殿よ」











【Fragment】 北方剣術


 現オリヴァ領が王国に取り込まれる以前の小国家だった時代に編み出された流派。

 大陸西部では珍しく盾を用いず、反りの強いサーベルで攻防を両立させるため、習熟には相応の歳月を費やさなければならない。


 超人的な身体能力を有していた旧暦の西方同盟軍を仮想敵に据えた戦闘技術。

 故にこそ穢モノを狩る際にも、その本領を発揮するだろう。


 加護も呪いも、戦う側の目線で見れば、同じようなものなのだから。





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