31
成人男性が十人は余裕を持って寛げる浴槽に半分ほど水を張り、両膝をついて跪く。
「御手を」
「ん」
憮然と此方を見下ろす、裸身のベルベット様。
差し出された右掌に
細く小さな、しかし硬く冷たい手。
握り締めて振るえば重厚な板金鎧にすら拳跡を刻む、常人の何倍も凝縮された筋骨。
まさしくナチュラル・ボーン・ビースト。戦うために生まれたような肉体。
となれば
「無知なる魂を御守り下さい。脆弱なる肉体を御守り下さい。孤独なる精神を御守り下さい。不確かなる明日を御守り下さい」
叶うなら、この人を蝕む
少なくとも僕一人じゃ無駄だ。出力不足も甚だしい。一等神官を全員かき集めて、やっとワンチャンだろう。
「……貴女様に、無銘神の寵愛があらんことを」
「のーせんきゅー。アタシ、カミサマとやらのケツにキスするような変態じゃないしー」
おおう、神官長あたりが聞いたら卒倒しそうな台詞。聞こえなかったフリしよ。
と言うワケで終了。無事、加護は贈られました、と。
「なんか特に変わった感じしないんですケド」
再度着込んだドレスの裾をはたきつつ、拳を握っては開くベルベット様。
まあ、そりゃあ、ね。
「百年前までの本物とは、比べるべくもありませんので」
旧暦に於いて無銘神が西方同盟の人民全てに与えていた、古き加護。
素手で熊を絞め殺し、矢玉の五本や十本を受けた程度では怯みもしないほどの身体能力増強を齎したという、喪われしギフト。
それを再現すべく何年もかけて生み出された技術が、僕達一等神官の贈る加護。
「気持ち程度、フィジカルが加算されているかと」
「精々二割増ってトコね。ボーッとしてたら気付かないレベル」
辛口評価。でも実際そんなもん。
穢モノを相手取るには些少が過ぎる変化。無いよりはマシくらいの、おまじない。
そも、そっちは最初から期待の外だったし。
「……現代の加護には、贈る者の
僕の場合だと、触れた水や吸い込んだ空気の浄化。
要は呼吸と飲料に困らなくなる。人によっては有難く思うかも。
そして更に、もうひとつ。
〔ベルベット様。聞こえますか?〕
「? 何これ。アンタの声が頭に直接響く」
水と風を介した、一部感覚の接続。
即ち、視覚と聴覚のリンク。
〔幾らかは、助けになれるかと〕
こっちで地図見ながらナビゲートとか、応援とか。
がんばえー。
【Fragment】 加護
上位存在が退去して久しい現世に残った奇跡の爪痕のひとつ。新暦に於いては、一等神官が贈る劣化型を指す。
多少の身体能力向上、及び特異性の付与が可能。概ね二十四時間持続する。
──根源的な部分で、呪いと加護は同一のチカラである。
人間にとって都合が良いものを加護、都合が悪いものを呪いと呼んでいるに過ぎない。
例えば自国の英雄が、敵国では悪鬼と恐れられるように。
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