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「ごぼ、ごっ、おぇっ」


 薪を運んでいた最中、また足元に血溜まりが湧き、ベルベット様が這い出てきた。


「げほっ、おぐ、ごほっ」


 蹲り、真っ黒な血をバケツ一杯分ほども吐き出す彼女を飛び越え、薪を置く。

 なんでこの人、いつも僕の足元から現れるんだろう。


「お帰りなさいませ。今回は特に早かったですね」

「ぉゔっ……アンタ、それイヤミ……?」

「まさか、滅相もありません」


 ただの煽りです。たまにはトゲのひとつも吐きたくなるので。

 そのボロボロのドレスを誰が縫うと思ってるんですか。理解しがたい拘りで同じものを二十着くらい仕立ててあるにしたって、無闇な損耗は避けるべきなのに。

 あーダルい。真面目にハウスメイド雇って欲しい。遠からず過労で倒れそう。


「水ちょーだい。血が舌に絡んで不快」

「少々お待ちを」


 ……しかし。これで述べ四十四回目のか。


 一筋縄で行かないとは分かり切ってたけど、まさかベルベット様ですら斯様なザマとは。

 化け物じみた人間と、正真正銘掛け値無しの化け物。その間に存在する差を、甘く見積り過ぎていたのかも知れない。

 想定難易度を更に上方修正。ルナティック以上の表現って、何かあったっけ。


「食事は喉を通りそうですか? 支度は整っておりますが」

「ったり前でしょ。食わなきゃやってらんないっての」


 良かった。この人の一飯を処理するとなると、僕の胃袋じゃ一日がかりだ。

 第一、肉も魚も出されたら口に入れる程度で、あまり好きじゃないし。






「ああぁぁムカつくムカつくムカつくムカつく」


 一昨日見付けた鉄製のテーブルに足を放り出し、喉笛を掻き毟るベルベット様。


 相変わらず、死に戻って早々は機嫌が悪い。

 けれども最初の方と比べれば、邸内を壊さなくなっただけマシ。

 酷い癇癪の所為で、折角綺麗に片付けた部屋も半分近くダメになっちゃったし。替えの効かないキッチンやバスルームが無事だったのは奇跡だ。


 ともあれ、良くも悪くも慣れ始めている。

 死と再生を繰り返し続ける、この街でのに。


「今回は何があったんです?」

「近道しようと通った酒場が真っ暗で、火を点けたら突然ドカンよ! あーサイテー!」


 気化アルコールでも充満してたのか、或いは埃に引火し粉塵爆発を招いたのか。いずれにせよ、そう起こるような出来事に非ず。

 とうとう運にも見放された模様。


「あによ」

「カップが空いているな、と」


 憐憫の眼差しを気取られてしまった。

 八つ当たりは勘弁ゆえ、三杯目の紅茶を注いで誤魔化す。


 …………。

 どうも今日は、苛立ちより気疲れの方が勝っている様子。

 流石の体力お化けも、こう手詰まり状態が続けば辟易するか。飽き性な人だし。


「ベルベット様」

「あーにーよ」


 頃合いか。

 タッチ&ゴーで飛び出してしまうため機を逸し続けたものの、ようやっと施せそうだ。


「また発たれる前に──加護を贈らせて頂いても、よろしいでしょうか?」

「……はァん?」


 これで少しは、事態が好転してくれればいいんだけど。











【Fragment】 シンカ(2)


 食が細く、冷たいもの、味や匂いの強いものが苦手。基本的に肉も魚も口にしない。

 周囲からは敬虔さゆえの清貧と見られているが、単なる嗜好である。


 前世まえの自分が死んだ瞬間の記憶を薄らと留めているため、死への怖れが薄い。

 どちらかと言えば物臭。断ることが億劫ゆえ、誰のどんな頼みにも大抵応じる。


 ──どうせ二度目の、他人ひとより軽い人生いのちなのだから。





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