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 あちこち壊れて使い物にならなくなったベッド。

 まともに運び出すなら数人がかりだろう、貴人特有の不必要に巨大な寝具。


 ──それをで容易く四つに解体。

 然る後、軽々と窓の外に放り出された。


〈テキトーにブン投げちまっていいのか?〉

「どのみち薪にしますので」


 使用に足る家具や調度品は上階に配置。

 状態の悪いものは一階の倉庫に詰め込むか、砕いて燃料に。


 所要期間を月単位で勘定していた大仕事。

 しかし、この分なら大幅な短縮が見込めそうだ。


「申し訳ありません。こんなことを手伝わせてしまって」

〈構わん。どうせ暇だしな〉


 もてなしの返礼をと言われ、断るのも面子を潰すようで悪いと考え、助力を請うた……のだが、紅茶一杯とクッキー数枚などでは、とても割に合わぬ労働量。

 凄いな、この人。もしかするとベルベット様以上に怪力なのでは。






 …………。

 暫し呆然と、すっかり片付いた邸内を眺める。


「済んじゃった」


 細かい掃除や修繕こそ残っているものの、どんなに少なく見積もっても一ヶ月は覚悟の上だった作業が、ほんの一時間で。

 さながら人型重機。本当に人間ですか貴方。

 まさかベルベット様以外に、こんなことを思う相手が現れるなんて。世界は広い。


〈にしても、この建物周辺は妙に空気が澄んでるな。ぽっかり穴でも空いたみたいに穢れが消えてるんで気になって立ち寄ったが、どういうカラクリだ?〉

「あ、それは僕が祈術きじゅつで浄化を」


 しまった。つい素の口調が。

 でも、まあいいか。ここには口うるさい神官長も居ないし。


祈術きじゅつ? アンタ一等神官なのか?〉

「ええ、はい。末席ですが、一応」


 ややもすれば不躾とも取れる、物珍しげな灰色の眼差し。動物園のパンダか僕は。

 遠慮の無い人だ。慣れてるし、別にいいけど。


〈神官自体はにはが、一等となると昔いっぺん見たきりだな。尤も、この街じゃ生きた人間て時点で相当レアだが──〉


 そこでふと、灰髪の青年が口舌を差し止める。


 次いで、明後日の方──街の南側へと、視線を向かわせた。


「どうかされましたか?」

〈悪いが野暮用だ。そろそろ失礼させて貰う〉


 言うが早いか彼は窓枠に足をかけ、声をかける暇も無く飛び降りた。

 ここ四階なのに。


「ちょっ」


 窓から身を乗り出す。しかし、既に影も形も見当たらない。

 時計塔の時といい、一体どうなってるの。


「……摩訶不思議だなぁ」


 幾許かの後、考えるのが面倒になって、かぶりを振った。

 昼食の支度をするべく、踵を返す。






 僕の足元から血溜まりが湧き、金貨五枚のドレスをボロボロにしたベルベット様が這い出てきたのは、この数分後のことだった。











【Fragment】 灰髪の男


 昼夜問わず、マケスティアの各所を練り歩く青年。

 彼の存在を察知した瞬間、全ての穢モノは一切の行動を停止する。


 灰色の髪と瞳、褐色の肌、二メートル近い長身。

 その身体的特徴は、言い伝えられる番魔つがいまの片割れに、限りなく近い。





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