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「ベルベット様」

「んー?」


 ストレッチ代わりにか、僕の背丈よりも高く垂直跳びを繰り返す我が主。

 ホント滅茶苦茶なフィジカル。しかもピンヒール履いてるのに。

 人の皮を被った猛獣ですか貴女。顔を剥がしたら虎の頭が現れても、僕は驚かない。


 閑話休題それはともかく


「荒事となると、私が役立てる場面は多くありません」

「まーね。そーね。アタシだって、そっち方面はアンタに期待なんかしてないわよ」


 良かった。使用人以外にも兵士の真似事までやれとか言い出したら、どうしようかと。

 理不尽女王のベルベット様も流石にそこまでじゃなかったか。安堵。


「非常に残念ですが、本日の側仕えは差し控えさせて頂きます。ダイニングとベッドルームくらいは、戻られるまでに手入れを済ませておきますので」


 非常に残念、のあたりに情緒を篭めるのがミソ。

 いいから一緒に来い、などと命じられたら宥めるのが面倒だ。非常に面倒だ。


「……そ。分かってると思うけど、シーツもテーブルクロスも純白以外認めないからね」

「勿論、心得ております」

「ちゃんと重曹混ぜて洗ったやつよ! バリバリのシーツとかサイテー!」


 承知してますってば。昨日今日の付き合いじゃあるまいし。


 全く。その謎に繊細な拘りの所為で、何人のメイド達が罵声を受けて泣かされたか。

 たまにはフォローする側の身にもなって欲しい。ベルベット様関連の苦情は、何故か大半が僕のところに行き着くんだぞ。


 ──そんなこんな内心で愚痴を並べつつ、水筒や携帯食料などの支度を済ませる。


「いかがです? 動きの妨げになりませんか?」

「ボチボチね。八十点」


 布地の内側に色々と収納出来るよう、昨晩のうちにドレスは改良済み。

 僕って用意周到。まあ、この人と一緒に居れば誰だってこうなる。


 ちなみに彼女の言う八十点とは、ほぼ百点満点と捉えて構わない。

 昨日ぶん取られた硝子刀がらすとうも、正味かなり気に入ったみたいだし。


 …………。

 さて。あとは少しでも生存率を上げるべく、を施せば終了。

 天命を待つなら、せめて人事を尽くさないとね。


「ベルベット様。僭越ながら加護を贈らせて──」

「んじゃ出陣! 怖れ慄け愚民ども、領主様のお通りよー!! 跪いて平伏せー!!」


 凄まじい脚力でのロケットスタート。瞬く間、僕の視線を振り切る金髪と赤いドレス。

 速過ぎ。繰り返すようだけど、ピンヒール履いてるのに。


 てか行っちゃったよ。とことん話を聞かないな、あの人。


「……ま、いっか」


 ポジティブに考えよう。

 この街では、例えどんな蛮勇に及んだところで、少なくとも死ぬことはない、と。


 尤も、いっそ死んだ方がマシな有様には、なるかも知れないけど。


「怖っ」


 ベルベット様が穢モノに堕ちた姿を想像し、ぶるりと背筋を震わせる。

 なんて悍ましい。小国くらいなら滅ぼせそう。


「ただでさえ人外じみてるのに……」


 ともあれ、嵐は去った。

 鬼の居ぬ間に洗濯。掃除を始める前に、紅茶でも飲みながら少し寛がせて貰おう。






〈ハハハハハッ。随分と血の気の多い嬢ちゃんだな〉


 官邸へ向けて踵を返した直後。そんな喜色を帯びた呟きが耳に触れた。


〈いいね。好感が持てるぜ〉

 

 声を追って視線を上げれば、屋根に腰掛ける大柄な人影。

 風を受けて棚引く、灰色の髪。


 ……紅茶は、二人分用意しようか。











【Fragment】 ベルベット・ベルトリーチェ・ベルトーチカ(2)


 小柄だが他人に見下ろされるのが嫌いで、常に鋼鉄製のハイヒールを履いている。

 本人曰く、胸に栄養を持って行かれたとの談。


 基本、女性には暴行を振るわない主義。

 ただし罵詈雑言など、言葉の暴力は除く。





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