24・閑話2






 無銘神に選ばれし神隷の国々、西方同盟。

 その一角たる王国の中枢、王都に門を構える大神殿。


 ほんの数十年前まで、絢爛豪華な調度品で飾り立てられていた正面通路。

 しかし奉ずる神を喪い、威光を欠いた現代に於いては、資金繰りのため多くが売り払われ、嘗ての隆盛など見る影も無い。

 多くが方々より引き取った孤児達からなる神官見習い衆の尽力を受け、掃除だけは行き届いていることが、せめてもの救いか。


「……本当なのですね?」


 夜半ゆえ人気の薄い通路を、急ぎ足が往く。


 硬く小刻みな靴音。

 ひどく顔色の悪い二等神官を後ろに続かせた、祭服姿の女性。

 顔の上半分を覆う仮面越しでも見て取れるほど、苛立ちを露わとしていた。


「はい。間違い無く五日前に領を発ったと……」

「っ……野蛮な田舎貴族め! まさか本当にイヴァンを連れてへ行くなんて!」


 報告書を握り潰し、声を荒げる。

 まるで己が叱責を受けたかのように、肩を小さくする二等神官。


 ──そんな恐縮も無理からぬ話。見目こそ若くとも、仮面の女性は王国神殿で唯一、神官長の地位を持つ人物。

 即ち、十人の一等神官達の筆頭。己の祈術で以て老いを退け、優に百五十年の時を生きている、この国で最も神の近くに控える神使なのだから。


「今すぐ抗議の書簡を送って! 早急に身柄を保護させるようにも伝えなさい!」

「し、承知致しましたっ!!」


 剣幕に押されるが如く踵を返す二等神官。

 対する神官長は足を止めると、心底不愉快げに爪を噛んだ。


「金払いが良いからと甘い顔をしていれば、この有様か……!!」


 忌まわしき番魔つがいまの襲来に端を発し、今や神殿の権威は地に落ちた。

 無銘神は死んだ、などという妄言が触れ回り、通説となってしまった所為で。


「どいつも、こいつも」


 組織を回すべく、金策に腐心せねばならぬ日々。

 旧き栄華を知る身からすれば、およそ耐え難き屈辱の積み重ね。


「……是が非でも、取り戻さねば……」


 そんな折に現れた、幼き一等神官。

 加えて、その心髄に宿せし神の恩寵をこそ渇望するだろう、同盟国の危急。


 お膳立てでもされたような一致。さながら兆し。

 神の威光を人々に思い出させ、朧火となった信心にを吹き込む、絶好の機。

 いつか必ず舞い戻られる神を伏して迎えるための、大いなる一歩。


 ──それを成すには、現状安否知れぬ神使の存在が必要不可欠。


 年の功。マケスティアで起きた凄惨を目の当たりにしているがこそ、よもや実行に移すほど愚かではあるまいと出向を許した己を恥じつつ、神官長は左手で視線を覆う。


「イヴァン……どうか無事でいて……」











【Fragment】 帝国


 複数の小国を支配下に置いた、西方同盟の一角。豊富な水源、広大な森林、肥沃な土地、多数の鉱脈を擁する天然資源の宝庫。

 しかし近年、原因不明の水質汚染が拡大しており、国内情勢も不安定になっている。


 求心力を失いつつある皇帝一族にとって、水の浄化は是が非でも欲しいチカラだった。

 取り分け皇太子の執心ぶりは、鬼気迫る勢いである。





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