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 ──ベルベット様の起床は早い。


 朝陽を見るのが日課なのだ。

 曰く、自分は太陽に等しい女だから、起き抜けの身嗜みに鏡として眺めるのだと。


 正直これを聞いた時は、何言ってんだろうこの人とドン引きしたけど、早起き自体は良い習慣だし、流石ベルベット様です的な感じで適当に持ち上げておいた。


 ただ、ひとつ苦言を呈しても構わないのなら。


「ぷはぁ! やっぱ朝イチは井戸水を頭から被るに限るわね!」


 全裸で外を出歩くの、ホントやめて下さい。






「で?」


 僕なら一日がかりの量を朝食として掻き込んだベルベット様が、唐突に切り出す。

 会話に対する前振りの概念というものを、そろそろ脳味噌にインプット願いたい。


「申し訳ありません。で、とは?」

「この街をアタシの支配下に置くステキなプランよ。ちゃんと考えといたんでしょ?」


 ──そんなミラクルがあるなら、こっちが教えて欲しいわ。


 強めのデコピンでも添え、そう吐き捨てられたら、どんなに胸がすくことか。

 もし実行しようものなら、その後を想像するのも恐ろし過ぎるけど。


「ほら、はーやーくー。勿体ぶってないでプレゼンしなさいよー」


 急かされても困ります。だって無いんだもん。


 が、正直に空手だと打ち明けたところで一文も得をしないのは火を見るより明らか。

 いつも通り舌先三寸で、それっぽく誤魔化すしかあるまい。


「そう力んでいては眉間に小皺が寄りますよ。まずは食後の一杯をどうぞ」

「あら気が利くわね」


 水出しのアイスティーで機嫌を取る。

 用意しといて良かった。僕ってば世渡り上手。






「ねーシンカ。この印なにー?」


 昨晩以降、テーブルに広げたままだった地図への書き込みを目ざとく見付けたベルベット様が、怪訝そうに小首を傾げる。

 ……これを安易に伝えて良いのか悩むところだが、興味を持たれては仕方ないか。

 下手に隠せば、たぶん余計に詰められる。


「マケスティアを取り巻く呪いのと思しき箇所ですよ」


 先日、時計塔から見下ろした街の景色を思い返す。

 台風にも似た黒い渦が、廃都を呑み込んでいる惨状を。


「呪いの原動力は穢れ。穢れとは質量を得た邪心。邪心とは、人間の抱く黒い欲望」


 水滴同士を近付ければ重ね合わさるように、穢れは欲望へと引き寄せられる。

 そして精神に取り憑き、より強く邪心を掻き立て、それに応じる形で穢れも濃度を増し、やがては感染した本人以外にも影響を及ぼし始める。


 無論、普通なら理性のタガが外れ、凶暴になったりする程度。

 姿形までは変わらないし、死んでなお囚われるなんて出鱈目も起こり得ない。


「スケールや症状の深刻さこそ通常の穢害えがいとは桁違いですが、呪いが穢れによるものである以上、その基本的性質は同じでしょう」

「ふーん……要はここを潰せば、この辛気臭い空気もスッキリするってコト?」


 地図上の印を叩きながらの質問に、恐らくですが、と返す。


「しかし迂闊に突けば、何が起こるか分かりません」


 間近で見た限り、末端の穢モノですら兵士数人に匹敵する強度。

 呪いの渦の中心など、一体どんな化け物が巣食っていることか。


 この街では過去三度、合計二千近い軍勢が屠られている事実を忘れてはならない。

 綿密な調査や作戦立案は必須。出たとこ勝負で向かえば、確実に痛い目を見る。


「行動は慎重を期すべきかと。徒に死を重ねれば、いくらベルベット様でも精神を──」

「よし行くわよ! どいつもこいつもブッ飛ばしてやるわ!」


 お願い聞いて。











【Fragment】 穢害えがい


 穢れの感染者が起こした事件の総称。

 内訳は主に傷害・強盗・強姦・殺人など。


 ある程度までは、神殿が調合比率表レシピを秘蔵する薬で治療可能。

 近年、発生件数が急増しつつある。


 尚この現象は、大陸西部でしか確認されていない。





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