23・閑話1
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穢れ渦巻き、異形這いずる呪いの都。
山の如し財に眩んだ欲心が、神と悪魔の遺せし邪心を引き寄せ生まれた、混沌の坩堝。
〈蛇の口裂け、貪欲は身を食うってか〉
街ごと打ち棄てられて尚、未だ防壁に囲われ、厳重に護られし金鉱。
埃を被ったインゴットが積み上がった保管庫に鳴り渡る、間怠さを湛えた呟き。
〈欲深し欲深し。こんな粘土の何がいいんだか〉
金塊をひとつ手に取った、灰髪の偉丈夫。
そのまま己の言葉通り粘土のように捏ね回し、拳大に丸め、放り捨てる。
人間離れした怪力と、それを受け止める手指の強度。
否。男は元より、人ではないのだろう。
〈くだらねぇ〉
分厚い保管庫の扉を蹴り開け、たった一度の軽い跳躍で身の丈を三倍も上回る屋根へと足をつけ、億劫げに腰掛ける。
〈本当にくだらねぇ〉
睥睨する視線の先には、一体の──或いは一塊の、巨大な怪物。
幻想の存在たる竜の似姿を得た、泥の如し黒。
街の入り口近辺を屯する穢モノ達とは桁違いの穢れを帯びた、呪いの集合体。
在りし日々のマケスティアを舐り尽くさんばかりであった、黄金に対する欲望と偏執。
その収斂。嘗ての住人だったものが、自他の境界すら失うまで溶け合わさった
意思も感情も記憶も、人であった時の何もかもを喪い、ただただ金鉱に近付く全てを無差別に襲い喰らう、まさしく
──にも拘らず。泥竜は震え、灰髪の男に頭を垂れていた。
〈相変わらず、うざってぇ野郎だな。取って食おうってワケでもあるまいに〉
辟易気味にそう告げるも、震えたまま動かぬ泥竜。
やがて業を煮やした男は背を向け、刺すような舌打ちを零す。
〈……ン?〉
呻き声を思わせる微風に混ざって微かに響く、金属の擦れる音。
辺りを見渡せば、見知った姿。
〈よぉ。こっちを彷徨いてるのは久方振りじゃねぇか〉
大鎌の切っ尖を引き摺って歩く、女の輪郭を描いた影。
灰髪の男と同様、他の穢モノとは成り立ちを異にする、少々ばかり外れた存在。
〈また性懲りも無く挑みに来たか? 意味ねぇからやめとけよ〉
男が近寄ると、影は緩やかな所作で手を伸ばし、彼の頬を撫でる。
その最中。異変に気付き、首を傾げた。
〈……?〉
淡く揺らめく肢体に点々と跳ねた血痕。
返り血。明らかな戦闘の痕跡。
しかし彼女に戦いを挑む輩など、この街には居ない筈。
〈アイツか?〉
浮かんだ顔は、つい数時間前に鉢合わせた銀髪の新入り。
武闘派の佇まいではなかったが、人は見かけによらぬものだ。
若しくは、他に仲間が居たのだろうか。
まあ、なんにせよ。
〈血の気が多い奴は大歓迎だ〉
薄く笑い、夜天を仰ぐ。
星光を掻き消す満月が、闇の中に独り寂しく浮かんでいた。
【Fragment】
西では悪魔と怖れられ、東では神と崇められる存在が突如として大陸に現れた理由も、無銘神に戦いを挑んだ経緯も、誰一人知らない。
しかし、偶然にも彼等と言葉を交わす機会のあった者は、晩年こう語っている。
「片方は純粋な闘争を、もう片方は甘いケーキを求めていた」
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