20






 立ち込める穢れで一層に足元が暗い夜道を駆ける。


 足を急がせる理由は、道中で耳を刺した異音。


 女の怒声。甲高い金属音。銃声。ガラスの砕ける音。

 明らかな荒事の気配。しかも聞こえたのは、官邸の方から。


「ベルベット様……!!」


 背骨を引っ掻く嫌な予感に突き動かされ、廃都を往く。


 どうか軽率な真似は自重下さいますように、などと祈りつつも、思考の冷静な部分が無味乾燥と胸中を這い回り、僕に告げてくる。


 ──無理無理無理のカタツムリ、と。






 出かける前より、明らかに荒れた門前。

 独特な剣戟音が鳴り渡る度、火花が爆ぜ、夜闇を裂く。


「っち!」


 砕け、飛び散るガラス片。

 後ろに跳んだベルベット様が、併せて硝子刀がらすとうを鞘に収めて刃を再構成し、仕切り直す。


「舐ァめんなッッ!!」


 左手に銃、右手に剣。或いは、その逆。

 二種の武器を互い違いに持ち替え、使い分けての果敢な攻め。

 防御の際には硬くも脆いガラス刃で受け止め、しかし衝撃は軟鉄製の峰に上手く吸収させ、無暗な破損を免れている。

 手にしたばかりの、しかも特殊な仕様の品を早くも使い熟し始めているのは、流石。


 だが。旗色は明らかに悪い。


「あれは……」


 位置取りが悪く見えなかった対手の姿が、視界に映る。


 汚泥の塊みたいだった商業区の穢モノとも、居住区を練り歩く亡霊とも違う風体。

 言うなれば実体を持った影。闇をくり抜いたが如し、無機質なヒトガタ。


 シルエットから鑑みて、恐らく女性。細身だが背は高い。

 動きは俊敏かつ柔軟。どこか、前世で見た新体操を想起させる。


 殊更に意識を引くのが、手中の得物。

 身の丈に迫る、或いは超えるほどの大鎌。


 視覚的な印象こそ絶大なれど、実際に使うとなると問題点が多く、お世辞にも使い勝手が良いとは評し難い、外連味の先立つ武器。


 それを、ああも巧みに操るなんて。

 灰髪の青年が言っていた女とは、アレのことで間違い無いだろう。


「……ちょっと不味いかな」


 表情も息遣いも全く分からないため推し量り辛いが、激しく打ち合いを重ねているにも拘らず、向こうの所作からは余裕を感じる。


「んのッ!! 鬱陶しいわね、さっさとくたばりなさいよ!!」


 一方、ベルベット様は苛立って動きが雑になり始めてる。

 ちょっと不味い、どころではないかも知れない。


「考えてる暇無さそう」


 あんまり荒事は得意じゃないんだけど、やむなしか。


 服の中に仕舞った懐剣を引き抜く。

 等級に相応しい持ち物を、と神殿から渡された純銀製。新年の神楽舞で使う儀礼用。

 さりとて刃は丁寧に研いであるから、一応斬れるには斬れる。


 頃を見計らい、飛び出した。


「ベルベット様! 合わせて下さい!」


 狙うは大鎌が振り抜かれた直後のタイミング。

 向こうは全く本気じゃない。故にこそ意表を突ける。

 

「やぁっ!!」


 手首狙いの斬り付け。

 長柄で止められてしまうも、至近距離での鍔迫り合いに持ち込む。


 こうなれば、重心が手元に無い大型武器は単なる邪魔物だ。


「余計な真似を……でも良くやった! 後で抱き締めてあげる!」


 謹んで遠慮申し上げます。

 肋骨とか折られそう。


「吹っ飛べ」


 ほぼ構えると同時の発砲。

 宝石の破砕音に似た銃声が鳴り渡り、銀の光弾が耳元を掠める。






 その、直後。


「は──ぁ──?」


 ベルベット様の喉笛から、鮮血が噴き出した。











【Fragment】 王国式神前舞踊


 王国の神官が身に付ける技術の一。名前の通り無銘神に捧げる舞。

 その中には、懐剣を用いた武舞も含まれる。


 あまり実戦向きではないものの、チンピラ相手の護身くらいにはなるだろう。

 時に僻地を巡る神官にとって、有事の際に己を護る手段は必須である。





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