16
──僕は末席だけど、神殿に於いての最高位である一等神官だ。
本来なら、有り得ぬことに。
王国で神官の身分を得る。
それ自体は、大前提の条件さえ満たしていれば、そう難しくはない。
自己志願なり様々な事情で引き取られるなりで、概ね十二歳から十五歳までの間に神殿へ入り、見習い教育や下働きを積んだ後、満十八歳で正規となる九等神官に就く。
以降は三年おき一段ずつ等級が上がり、三十歳で五等神官になってからは、更なる昇級を望む場合、年一回の試験を受ける必要がある。
──しかし僕は十三歳で、当時王国に九人きりだった一等神官の末端へと据えられた。
そして、その理由は単純明快。
一等昇級の条件である『
無銘神への真に敬虔なる祈りが引き起こすという触れ込みの超常現象。
唯一神を喪った世界で尚も盲目的な信仰を抱き続ける者にのみ赦された、奇跡の爪痕。
……ただ、ぶっちゃけ僕に大した信心は無い。
神殿に入ったのだって、食べさせるにも事欠いたがゆえの、致し方ない消去法だし。
にも拘らず何故、生涯を祈りと共に過ごしたような老人達と同じ地平に立てるのか。
恐らく僕が、前世の記憶を持ち合わせているからだと思う。
…………。
更に付け加えるなら。僕は識っているのだ。
前世の記憶。新たな生を授かる間際の、朧げな意識の只中で見た、見てしまったもの。
神殿の教義で最大の不敬に挙げられる、禁忌中の禁忌。
即ち、無銘神の姿を。僕は識っているのだ。
「無知なる魂を御守り下さい。脆弱なる肉体を御守り下さい。孤独なる精神を御守り下さい。不確かなる明日を御守り下さい」
胸元に提げた、無銘神の象徴である
次いで薄地の黒布、一等神官には例外無く義務付けられている鬱陶しくて仕方ない目隠し越し、左手で視線を覆う。
信心こそ薄くとも、すっかり習慣化した祈りの所作。
それを終えた後、
──
例えば王都の神官長は自身を若返らせるチカラを持つし、説法が死ぬほど長いテレサ婆は掌大の光玉を造り、都市ひとつを真夜中でも昼のように照らし出せる。
祈りを核とするためか、あまり攻撃的なものは発現しない模様。
で、僕はと言うと、ざっくり説明すれば水と風の浄化。
どんな汚水も澱んだ空気も、山河の如く清らかに出来る。
もしも前世で持ってたら、原発とかで有り難がられてたかもね。
「どうぞ」
再び井戸のポンプを押す。
澄み渡った水を掌で掬い、ベルベット様に差し出すと、直接口をつけて嚥下する。
「いいわね。じゃ、お風呂沸かして。今すぐ」
「…………畏まりました」
あんまり人を顎で使ってると、いつか痛い目見るぞ、こんにゃろう。
【Fragment】
本来、祈りとは己が無力を認めるも同然の行為であるが、突き詰めれば力を孕む。
虚仮の一念とは、時に岩すら穿つのだ。
勿論のこと、生半可な祈りでは薄紙一枚破れない。
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