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 居住区に入ると、途端に襲撃が絶えた。


 代わって、大広場に居た一団と同じ装いの兵士達を、ちらほら見掛ける。

 僕達に興味を示さず、意識すら向けず、崩壊した街を警邏するが如く練り歩く彼等。

 果たしてその恩恵なのか、商業区よりも劣化や損傷が心なしか少ないように窺える。


「衛兵が居るのはラッキーね。労働力確保の手間が省けるわ」


 ベルベット様の思考回路って、凄く独特。

 得体の知れない化け物に何度も襲われた上で、これまた得体の知れない亡霊みたいな人達を従えられると、本気で考えているのだろうか。


 まあ、本気で考えているのだろう。

 この人はこういう人だから、と諦めてる。色々。






 手綱を引き、馬車を停める。

 同時、御者台から飛び降りたベルベット様が、見得を切るが如くスカートを翻した。


「ふぅん。ボチボチじゃない」


 在りし日、マケスティアの統治を担った代官が住んでいた官邸。

 オリヴァ家の屋敷と比べれば流石に数段劣るも、十分立派な門構え。


 懸念だった建物の痛みも、想像よりは遥かにマシ。

 屋内を検めねば断言は出来ないが、これなら多少手を加えれば大丈夫そうだ。

 ……掃除とか全部僕がやるんだろうなー。かったるいなー。


「腰掛けには及第点ってトコね」


 早くも憂鬱な僕を他所、上機嫌にハイヒールを打ち鳴らすベルベット様。

 ここで暮らす気満々な模様。もし中がボロボロで使い物にならなかったらと思うと、頭が痛くなる。八つ当たりは勘弁。


「オーケー。なんか知らないけど、この近辺は落ち着いて寛げるっぽいし、今日のところは旅の疲れを癒しましょ」


 ちなみに僕はベルベット様が息切れした姿さえ見たこと無い。

 体力無限のスタミナお化け。ハムスターとかが使う回し車に乗せたら、たぶん一昼夜は不眠不休で走り続けられる筈。


「ん」


 荒れた庭の隅に井戸を見付け、歩み寄るベルベット様。

 重そうな手押しポンプを片手で軽々と動かし、やがて吐出口から水が流れ始める。


「濁ってるわね……」


 長く放置されて水質が変わったのか、或いは元より生活用水ではないのか。

 ともあれ、このままでは使えそうにない。


「シンカ。いつもの、パパーッとやっちゃって。アタシお風呂入りたい」


 …………。

 こうも気安く祈術きじゅつの行使を求めるのは、西方同盟広しと言えども貴女くらいですよ。


 やるけどさ。僕も身体洗いたいし。











【Fragment】 オリヴァ辺境伯家


 王国の北部一帯を領地とする、生粋の武闘派で知られた名門貴族。

 大陸東西を分ける山脈にも面しており、国境を守護する重要戦力の一に数えられる。


 その血統は、嘗て王国に併呑された小国の大将軍レジーナテレサを祖とする。

 女だてらに剣を取り、勇猛果敢に戦場を駆けた若かりし日の肖像画に描かれた容姿は、本人かと見紛うほどにベルベットと瓜二つである。





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