15
居住区に入ると、途端に襲撃が絶えた。
代わって、大広場に居た一団と同じ装いの兵士達を、ちらほら見掛ける。
僕達に興味を示さず、意識すら向けず、崩壊した街を警邏するが如く練り歩く彼等。
果たしてその恩恵なのか、商業区よりも劣化や損傷が心なしか少ないように窺える。
「衛兵が居るのはラッキーね。労働力確保の手間が省けるわ」
ベルベット様の思考回路って、凄く独特。
得体の知れない化け物に何度も襲われた上で、これまた得体の知れない亡霊みたいな人達を従えられると、本気で考えているのだろうか。
まあ、本気で考えているのだろう。
この人はこういう人だから、と諦めてる。色々。
手綱を引き、馬車を停める。
同時、御者台から飛び降りたベルベット様が、見得を切るが如くスカートを翻した。
「ふぅん。ボチボチじゃない」
在りし日、マケスティアの統治を担った代官が住んでいた官邸。
オリヴァ家の屋敷と比べれば流石に数段劣るも、十分立派な門構え。
懸念だった建物の痛みも、想像よりは遥かにマシ。
屋内を検めねば断言は出来ないが、これなら多少手を加えれば大丈夫そうだ。
……掃除とか全部僕がやるんだろうなー。かったるいなー。
「腰掛けには及第点ってトコね」
早くも憂鬱な僕を他所、上機嫌にハイヒールを打ち鳴らすベルベット様。
ここで暮らす気満々な模様。もし中がボロボロで使い物にならなかったらと思うと、頭が痛くなる。八つ当たりは勘弁。
「オーケー。なんか知らないけど、この近辺は落ち着いて寛げるっぽいし、今日のところは旅の疲れを癒しましょ」
ちなみに僕はベルベット様が息切れした姿さえ見たこと無い。
体力無限のスタミナお化け。ハムスターとかが使う回し車に乗せたら、たぶん一昼夜は不眠不休で走り続けられる筈。
「ん」
荒れた庭の隅に井戸を見付け、歩み寄るベルベット様。
重そうな手押しポンプを片手で軽々と動かし、やがて吐出口から水が流れ始める。
「濁ってるわね……」
長く放置されて水質が変わったのか、或いは元より生活用水ではないのか。
ともあれ、このままでは使えそうにない。
「シンカ。いつものアレ、パパーッとやっちゃって。アタシお風呂入りたい」
…………。
こうも気安く
やるけどさ。僕も身体洗いたいし。
【Fragment】 オリヴァ辺境伯家
王国の北部一帯を領地とする、生粋の武闘派で知られた名門貴族。
大陸東西を分ける山脈にも面しており、国境を守護する重要戦力の一に数えられる。
その血統は、嘗て王国に併呑された小国の大将軍レジーナテレサを祖とする。
女だてらに剣を取り、勇猛果敢に戦場を駆けた若かりし日の肖像画に描かれた容姿は、本人かと見紛うほどにベルベットと瓜二つである。
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