14






〈ぐ、お、おぉ……〉


 板金越しの、くぐもった唸り声。

 冑の継ぎ目から真っ黒な液体を滴らせ、膝をつく大男。


「痛いでしょ? 抜く時、刃先を粉々に砕いてあげたし。目玉ん中ジャリジャリ〜」


 欠けた切っ尖を眼前に掲げ、くすくす笑うベルベット様。

 絶対ロクな死に方できないよ、この人。


「シンカ。銃」


 再三、硝子刀がらすとうを鞘に収めつつ、空いた手を此方に差し出す。

 預かっていた得物を投げると、一瞥もせず掴み取った。


「この距離なら、鎧ごと吹っ飛ばせるわね」


 緩やかな所作で、銃口を突き付ける。


 手練れ同士の戦いとは、往々にして呆気ない決着を迎えるもの。

 当然と言えば当然だろう。僅かな天秤の傾きを勝敗に直結させることが能うだけの力量を、双方共々に備えているのだから。


〈……立ち去れ……この地より、立ち去れ……!!〉

「まーだ言ってるしぃ」


 重心の偏った左脚を蹴り払い、尖ったピンヒールで胸元を踏み付けた。

 小柄な女性が僕より頭ひとつ大きな偉丈夫を転がす姿は、一種の騙し絵を見ているかのような感覚に襲われて、脳がバグる。


「どこへ行くか、何をするか。決めるのは全部アタシなの。それを降って湧いた馬の骨に指図されるとか、すこぶる不愉快」


 何故こうも威丈高に振る舞えるのだろう。

 純粋に不思議。


「この街はアタシの領地。つまりアタシこそが法、アタシこそが秩序ロウ、アタシこそが王」


 うわあ。


「キングに仇なす愚か者には、相応しい罰を与えましょう」


 王族殴って生家を追われた人の台詞だと思うと、正直ギャグにしか聞こえない。

 ここまで自分のことを棚に上げられるのって、最早一種の才能。


「三つ数えたらアタマを撃ち抜くわ。それまでに後悔と反省を済ませておきなさい」


 言動が手慣れ過ぎてて軽く恐怖。

 血筋なのかな。オリヴァ家って武門だし。


「一」


 ぱきん、と宝石が砕けるような銃声。

 冑ごと弾け飛ぶ頭部。残った胴体も、今までの穢モノ達と同様、溶けて消えて行く。


「……あの、ベルベット様。二と三が聞こえなかったのですが」

「はァ? 知らないわよ、そんな数字。ちまちました計算が得意な女とかサイテー」


 伊達眼鏡に跳ねた黒い返り血をドレスの裾で拭い、あっけらかんと言い放つ我が主人。

 閉口という単語が僕より身に染みている人間は、たぶん滅多に居ない筈。


「さ。復活されんのもダルいし、ちゃかちゃか済ませましょ」


 結局、誰一人動くことの無かった簇りを、ベルベット様の視線が辿る。


 …………。

 ひどく虚ろな佇まい。

 その奥底に、泣き出しそうなほどの諦念を感じるのは、気の所為だろうか。


「無抵抗とは殊勝な心掛けね」


 彼等の事情など知ったことではないと言わんばかりの、至極軽い語調。


 そして──鏖殺が始まった。











【Fragment】 抗う者ミハエル


 生前は高名な騎士だった。


 しかし忘れてしまった。

 己の名も、果たすべき役割も、ここに居る理由さえも。


 月日を重ねる毎、一人また一人と街に呑まれて行く、嘗ての仲間達。

 自らも深く呪いに蝕まれ、もう人の形を留めることすら困難となりつつある。


 それでも彼は声を枯らし、唱え続ける。

 立ち去れ、と。自分達のようにはなるな、と。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る