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 良いニュースと悪いニュースが、ひとつずつ。


 まず良いニュース。

 大広場を取り囲む、三桁にも届きそうな完全武装の一団。

 どうにも彼等は、今のところ動く気が無いらしい。


 いくらベルベット様が天賦の戦士であっても、純粋な数の暴力は如何ともし難い。

 何故なのかは測りかねるものの、手を出さずにいてくれるなら重畳。


 ……で、次に悪いニュース。


〈立ち去れ!!〉

「っちぃ!」


 あの大男、凄く強い。

 一対一タイマンでベルベット様が攻めあぐねる姿とか、たぶん初めて見る。


「あァ鬱陶しいわね! 図体デカいくせに、ちょこまかと!」


 苛立ち紛れの蹴りで間合いを稼ぎ、一閃。

 鎧の隙間、膝裏を狙った正確な太刀筋。


〈せあァッ!!〉


 しかし、巧みな剣捌きで受け流される。


 既に二十合は刃を交えているけれど、概ね似た遣り取りの焼き回し。

 一進一退の拮抗状態。気の短いベルベット様には不利な戦況。


 だから──そろそろ流れを変えようとする筈。

 あの人の堪え性の無さは、僕が一番良く知ってる。


「…………めんどくさ」


 攻撃の手を止め、軽快なバックステップ。

 低く身構え、順手から逆手に剣を持ち替え、一拍。


 すぅ、と肺腑に息を溜める音が、耳朶を掠める。


 弾かれたように、頭の位置を低く保ったまま、ベルベット様が飛び出した。


「こちとら有象無象如きに梃子摺ってらんないのよォッ!!」


 突進の勢いと馬鹿力を重ねた横薙ぎ。

 あの剣であんな真似をすれば、確実に刃が保たない。


 相手側もそう判断したのか、敢えて躱さず受け止める。


 案の定、甲高い衝突音と共に砕け散る、透き通った

 軟鉄製の峰部分だけ残り、瞬く間、剣としての体裁が喪われる。


 ──そこに付け入る隙が生じた。


「あはっ」


 口の端を吊り上げたベルベット様は、剣を後ろ腰の鞘へと収める。


 鳴り響く、奇妙な納刀の音。

 間髪容れず、再び抜剣。


 抜き放たれた剣身には──刃毀れひとつ無い、今し方に砕けた筈の刃。


〈!?〉


 武器破壊による刹那の油断。

 迎撃を図るには四半歩届かない、小さくも致命的な空白。


「ゴミみたいな手に引っ掛かってんじゃないわよ、リィザイ」


 右膝裏、左肘。

 分厚い鎧の隙間を、チェインメイルごと斬り伏せて行く。


 必然、崩れる体勢。

 そして。その瞬間を狙い澄ました、本命の一撃。


「どんな鎧でも、を塞ぐワケには行かないわよねー」


 耳に残る、嫌な響き。


 何の躊躇も無く、ベルベット様は──男の目玉を貫いた。











【Fragment】 硝子刀がらすとう


 ガラス製の刃を持つ特殊な直刀。

 通常の刀剣より脆いが、鞘に収め直すことで瞬時に新たな刃が形成される。


 オリヴァ辺境伯の蒐集品に於いても、五指に連なる自慢の逸品だった。

 少々のことでは、手放す気など無かったくらいに。


 ちなみに五百人は斬っていない。

 逸話とは尾鰭がつくものである。





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