13
良いニュースと悪いニュースが、ひとつずつ。
まず良いニュース。
大広場を取り囲む、三桁にも届きそうな完全武装の一団。
どうにも彼等は、今のところ動く気が無いらしい。
いくらベルベット様が天賦の戦士であっても、純粋な数の暴力は如何ともし難い。
何故なのかは測りかねるものの、手を出さずにいてくれるなら重畳。
……で、次に悪いニュース。
〈立ち去れ!!〉
「っちぃ!」
あの大男、凄く強い。
「あァ鬱陶しいわね! 図体デカいくせに、ちょこまかと!」
苛立ち紛れの蹴りで間合いを稼ぎ、一閃。
鎧の隙間、膝裏を狙った正確な太刀筋。
〈せあァッ!!〉
しかし、巧みな剣捌きで受け流される。
既に二十合は刃を交えているけれど、概ね似た遣り取りの焼き回し。
一進一退の拮抗状態。気の短いベルベット様には不利な戦況。
だから──そろそろ流れを変えようとする筈。
あの人の堪え性の無さは、僕が一番良く知ってる。
「…………めんどくさ」
攻撃の手を止め、軽快なバックステップ。
低く身構え、順手から逆手に剣を持ち替え、一拍。
すぅ、と肺腑に息を溜める音が、耳朶を掠める。
弾かれたように、頭の位置を低く保ったまま、ベルベット様が飛び出した。
「こちとら有象無象如きに梃子摺ってらんないのよォッ!!」
突進の勢いと馬鹿力を重ねた横薙ぎ。
あの剣であんな真似をすれば、確実に刃が保たない。
相手側もそう判断したのか、敢えて躱さず受け止める。
案の定、甲高い衝突音と共に砕け散る、透き通ったガラスの刃。
軟鉄製の峰部分だけ残り、瞬く間、剣としての体裁が喪われる。
──そこに付け入る隙が生じた。
「あはっ」
口の端を吊り上げたベルベット様は、剣を後ろ腰の鞘へと収める。
鳴り響く、奇妙な納刀の音。
間髪容れず、再び抜剣。
抜き放たれた剣身には──刃毀れひとつ無い、今し方に砕けた筈の刃。
〈!?〉
武器破壊による刹那の油断。
迎撃を図るには四半歩届かない、小さくも致命的な空白。
「ゴミみたいな手に引っ掛かってんじゃないわよ、リィザイ」
右膝裏、左肘。
分厚い鎧の隙間を、チェインメイルごと斬り伏せて行く。
必然、崩れる体勢。
そして。その瞬間を狙い澄ました、本命の一撃。
「どんな鎧でも、ここを塞ぐワケには行かないわよねー」
耳に残る、嫌な響き。
何の躊躇も無く、ベルベット様は──男の目玉を貫いた。
【Fragment】
ガラス製の刃を持つ特殊な直刀。
通常の刀剣より脆いが、鞘に収め直すことで瞬時に新たな刃が形成される。
オリヴァ辺境伯の蒐集品に於いても、五指に連なる自慢の逸品だった。
少々のことでは、手放す気など無かったくらいに。
ちなみに五百人は斬っていない。
逸話とは尾鰭がつくものである。
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