12








 マケスティア南部の商業区と、中心部の居住区とを隔てる十字路。

 枯れ果て、朽ちて崩れた噴水が物悲しさを漂わせる、昏く澱んだ大広場。


 さぞ賑わっていたのだろう在りし日の残骸。そこに整然と並び立つ徒党。

 僕の位置から窺えるだけでも、優に五十人以上。ややもすれば百人近い。


〈止まれ〉


 つかつかと靴音を鳴らすベルベット様に掛かる、低くザラついた制止の声。


 言葉を発したのは、鎧姿の大男。

 旧式だけど、王国軍の将校に支給される正規装備。


〈何者か〉


 面頬の奥に覗く、鈍い眼光。

 先刻までのケダモノとは違う、理知を感じさせる立ち居振る舞い。


 ……しかし明らかに、真っ当な人間ではない。


〈何者か〉


 鎧の隙間より溢れ、滴る黒。

 輪郭は逆巻く穢れで歪み、僅かに露出した肌身は爛れている。


 堕ちかけの亡霊、とでも称すべきか。

 或いは、こういうタイプの穢モノも居るのか。


〈何者か〉

「るっさいわね、同じこと何度も何度も。アタシとオハナシしたいなら、まずは跪いて拝謁の許しを乞うところからでしょうが」


 ほぼほぼ暴君。ベルベット様は割と本気で自分が世界一偉いと考えているため、こういうことを平然と言ってのけるのだ。

 あからさまな人外を前にして尚そのスタンスを崩さないのは、ある意味尊敬する。


「でもま、アタシは優しいから愚民の無礼な質問にも答えてあげる」


 遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。

 そんな啖呵を切らん勢いで、ベルベット様がスカートを翻した。


「ベルベット・ベルトリーチェ・ベルトーチカ伯爵! このマケスティアを含むベルトーチカ海岸一帯の統治者様よ! 分かったら、その脳味噌スッカラカンの軽い頭を地べたに擦り付けて平伏なさい、愚か者!」


 珍妙な決めポーズ。

 しないと後で怒られそうだったので、一応拍手しておく。


 ちなみに勿論のこと、向こうは平伏しなかった。


〈去れ〉

「はァ?」

〈この地より、立ち去れ〉


 抜剣する大男。

 刃の毀れた切っ尖が、ベルベット様に突き付けられる。


「……領主様に武器を向けた上で立ち退き要求とか、ナイスばんゆー」


 一方のベルベット様は、柔らかく微笑んでいた。


 けれども、みしみしと握り締めた柄の軋む音が、微かに聞こえる。

 まずい。とても、まずい。


「とりま『アタシに逆らったで賞』と『アタシに命令したで賞』のダブル不敬罪」


 よもや百近くは居るだろう得体の知れぬ連中と、本気で殺り合う気か。


「連帯責任。全員極刑」


 本気で殺り合う気らしい。

 お願いだから、もう少し後先考えて下さい。











【Fragment】 ミハエル神隷しんれい


 新暦四六年、第三次マケスティア奪還戦のため送り込まれた部隊。

 過去二度の失敗を教訓に編成された、総勢七百人の屈強な精鋭達。


 当時の神殿が能う限りの加護を施したものの、健闘も虚しく、多くは三月と待たず呪いに呑まれてしまった。

 女よりも男の方が、穢れの影響を受けやすい傾向がある。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る