11
「しっかし酷い有様ね。あっちもこっちもボロボロじゃない」
「少なくとも五十年以上は放置されていますので」
血振るい。
コールタールに似た粘液が、レンガの舗装路に飛び散る。
「金鉱を押さえたら街ごと建て直さなきゃ……てか薄暗くない? まだ昼よ昼」
「街全体に立ち込める穢れの所為でしょう。濃霧のように陽光を遮っています」
「うっざ!」
街に踏み入って以降、ほぼ間を置かず襲って来る穢モノ達。
奴等の体表を覆う黒の所為で刃が駄目になった三本目のサーベルを踏み砕き、がりがりと喉笛を掻くベルベット様。
「はーサイアク。もうナマクラとか、ナメてんの?」
「折らないで下さい」
四本目を渡しつつ、苦言を呈す。
ちゃんと洗って研げば、まだ使えるんだから。
「あまり手荒に扱うのは、いかがかと」
「どーせ数打ちの安モンでしょ。消耗品を後生大事にする方がアホじゃん」
貧乏性な女とかサイテー、と悪態が続く。
金銭にルーズな女性の方が敬遠されると思う。
「こんなことなら、クソ父上のコレクションから幾つかパチっとけば良かった」
辺境伯閣下は刀剣の蒐集家で、名物も多数所持している。
僕も何度か自慢話に付き合わされた。コレクターの蘊蓄とは、何故ああも長いのか。
「ねーシンカ。アンタ一本くらい騙し取ってないワケ?」
「人聞きの悪いことを仰らないで下さい」
詐欺師扱いは勘弁。馬車同様、餞別として頂いたのだ。
言わないけど。寄越せ寄越せと煩くなるだろうし。
「その反応……さては隠し持ってるわね!」
貴女のような勘の良い主人は嫌いだよ。
「寄越しなさい! 子分のものはアタシのものよ!」
おお、ジャイアニズムの権化。
肩を揺するのは止めて。馬が荒れる。
普通にぶん取られた。
まあ僕じゃ持ち腐れだし、どうせ折を見て渡すつもりだったけども。
「ボチボチ。八十点てとこね」
寒々しい風切り音を伴い振り回される、透き通った片刃の直剣。
嘗て東方との戦で名うての剣士が腰にし、述べ五百人を斬ったとかいう触れ込みの品。
さる特殊な仕様が物持ちの悪いベルベット様向きと思い、頂戴した次第。
「でも鞘がやたらゴツいのは減点。超絶邪魔、なんなのコレ」
角柱型の、重厚かつ機械的な鞘。
精々サーベルと同程度の剣身とは、明らかに不釣り合いな規格。
掻い摘んで仕組みを説明すると、ベルベット様は馬車の屋根から飛び降りた。
「成程ね。いいじゃん」
瓦礫で塞がった大通り。
ここを抜ければ、居住区に入る。
「それに丁度、試し斬りに良さそうなのも居るし」
自分の背丈より高く積もった瓦礫を、軽々と越えて行く。
その先には──今までの穢モノとは、些か異なる空気を纏う一団が屯していた。
【Fragment】 ヨァヒト・バードレルゴ
王国の第五王子。王都西区出身。十九歳。
現国王と娼婦との間に生まれた私生児だったが、王城にまで噂が広まるほどの優れた才覚を見出され、十五歳で王家へと迎えられた。
名門だが中央から離れているオリヴァ家と王家との繋がりを強めるべく、予てより顔見知りだったことも合わさりベルベットと婚約させられるも、かなり不本意であった模様。
なので半殺しにされる覚悟で破棄を申し出たら、本当に半殺しにされた。
ベルベットの経歴とプライドに傷を付けたことは、素直に申し訳ないと思っている。
しかし、そうまでしてでも、彼女との結婚は避けたかったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます