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「とりま、ここらを押さえるわ」
ベルベット様が指先で地図を叩く。
示されたのは中心あたり。居住区画だ。
「……ああ。代官用の官邸ですか」
屋敷が欲しいという宣言から彼女の目当てを悟り、手を叩く。
「その通り。都市の運営を任されてた奴なら、一番上等な家に住んでた筈よね」
安直な、けれど割かし的を射た見解。
さりとて、それを実行へと移すには、懸念アンド問題が。
「まともな形で残っていますかね」
都市自体が棄てられ五十年。住民が尋常を欠いたのは、更に月日を遡る。
外壁の劣化具合を準拠とするに、内部も相当アレな筈。
正直、立派な屋敷どころか、住むに足る家の一軒も見付かれば御の字だろう。
野宿とか嫌だなー。とっても貧しかった幼少期を思い出しちゃう。
……そも、仮に官邸が形を留めていようと、辿り着くことは至難の業。
僕達の現在地、つまり街中に出入り可能な唯一の門が備わってるのは外壁南端。
中心部までの距離は、普通に歩いて概ね三十分ほど。
そして──このイカレた街を、普通に歩けるワケがない。
「そーゆーコトで、ちゃっちゃと進めるわよ。アンタだって野宿とか勘弁でしょ」
ただ、今後を考えるなら、中心部に拠点を構えるのは良案とも言える。たぶん。
何よりベルベット様は、一度こうと決めたら他人の意見なんか聞かない。
「畏まりました」
結論。どうにでもなれ。
「今更ですが、せめて護衛の一団くらい雇っておくべきだったのでは?」
辺境伯閣下も、まさか娘が考え無しに呪われた地へ飛び込むとは思わなかった筈。
まあ、雇用に応じてくれる物好きが居たかどうかは、かなり微妙だけど。
「なーんでゾロゾロ雁首揃えなきゃなんないのよ。アタシはこの街の領主様なの。住民なら例えバケモノだろうが悪魔だろうが、平伏して出迎えるのが筋ってもんでしょー」
ベルベット様の持ち出す理屈は、唯我独尊が過ぎる。
盛大な溜息を我慢しつつ、さぞ息苦しかろうギチギチのコルセットを外し、手足の可動域が広いドレスに着替えさせ、剣帯を腰に巻く。
メイドの仕事まで
尤も、使用人の募集をかけたって無駄だろうけど。
誰が来たがるんだ、こんなゴーストシティ。
「剣」
はいどうぞ。
「銃」
はいはいどうぞどうぞ。
「鏡」
はいはいはいどうぞどうぞどうぞ。
「……今日も美しいわね。流石アタシ!」
なまじ事実だから尚更タチ悪い。
「さあ出撃よシンカ! 馬車を出しなさい!」
元気だなー。
そして当たり前のように僕も付き添うのか。嫌だなー。
【Fragment】 シンカ
王都西区の貧民街で生まれ育った孤児。二十歳。
現王国に十人のみ在籍する一等神官の末席。
朧ながら前世の記憶を持つ。
裁縫と料理が得意。と言うか大抵のことは出来る。
語るに及ばず、ベルベットからの度重なる無茶振りによる成果である。
尚、シンカとは古い西方言語で『銀色』を意味する単語。
ベルベットが呼んでいるだけの渾名で、本名ではない。
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