9






「とりま、ここらを押さえるわ」


 ベルベット様が指先で地図を叩く。

 示されたのは中心あたり。居住区画だ。


「……ああ。代官用の官邸ですか」


 屋敷が欲しいという宣言から彼女の目当てを悟り、手を叩く。


「その通り。都市の運営を任されてた奴なら、一番上等な家に住んでた筈よね」


 安直な、けれど割かし的を射た見解。

 さりとて、それを実行へと移すには、懸念アンド問題が。


「まともな形で残っていますかね」


 都市自体が棄てられ五十年。住民が尋常を欠いたのは、更に月日を遡る。


 外壁の劣化具合を準拠とするに、内部も相当アレな筈。

 正直、立派な屋敷どころか、住むに足る家の一軒も見付かれば御の字だろう。

 野宿とか嫌だなー。とっても貧しかった幼少期を思い出しちゃう。


 ……そも、仮に官邸が形を留めていようと、辿り着くことは至難の業。


 僕達の現在地、つまり街中に出入り可能な唯一の門が備わってるのは外壁南端。

 中心部までの距離は、普通に歩いて概ね三十分ほど。


 そして──このイカレた街を、普通に歩けるワケがない。


「そーゆーコトで、ちゃっちゃと進めるわよ。アンタだって野宿とか勘弁でしょ」


 ただ、今後を考えるなら、中心部に拠点を構えるのは良案とも言える。たぶん。

 何よりベルベット様は、一度こうと決めたら他人の意見なんか聞かない。


「畏まりました」


 結論。どうにでもなれ。






「今更ですが、せめて護衛の一団くらい雇っておくべきだったのでは?」


 辺境伯閣下も、まさか娘が考え無しに呪われた地へ飛び込むとは思わなかった筈。

 まあ、雇用に応じてくれる物好きが居たかどうかは、かなり微妙だけど。


「なーんでゾロゾロ雁首揃えなきゃなんないのよ。アタシはこの街の領主様なの。住民なら例えバケモノだろうが悪魔だろうが、平伏して出迎えるのが筋ってもんでしょー」


 ベルベット様の持ち出す理屈は、唯我独尊が過ぎる。


 盛大な溜息を我慢しつつ、さぞ息苦しかろうギチギチのコルセットを外し、手足の可動域が広いドレスに着替えさせ、剣帯を腰に巻く。


 メイドの仕事まで神官ぼくにやらせないで欲しい。

 尤も、使用人の募集をかけたって無駄だろうけど。

 誰が来たがるんだ、こんなゴーストシティ。


「剣」


 はいどうぞ。


「銃」


 はいはいどうぞどうぞ。


「鏡」


 はいはいはいどうぞどうぞどうぞ。


「……今日も美しいわね。流石アタシ!」


 なまじ事実だから尚更タチ悪い。


「さあ出撃よシンカ! 馬車を出しなさい!」


 元気だなー。

 そして当たり前のように僕も付き添うのか。嫌だなー。











【Fragment】 シンカ


 王都西区の貧民街で生まれ育った孤児。二十歳。

 現王国に十人のみ在籍する一等神官の末席。

 朧ながら前世の記憶を持つ。


 裁縫と料理が得意。と言うか大抵のことは出来る。

 語るに及ばず、ベルベットからの度重なる無茶振りによる成果である。


 尚、シンカとは古い西方言語で『銀色』を意味する単語。

 ベルベットが呼んでいるだけの渾名で、本名ではない。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る