8






 そもそも、こんな厄塗れの土地に、何故これほどの都市が建てられたのか。


 至極シンプルな理屈である。

 この一帯には、巨大な金脈が埋蔵されていたのだ。


 旧暦に終止符を打つ大戦の舞台となった地、ベルトーチカ。

 当時は高山だったそうだが、現在は完全な平野。

 地形すら変えてしまうほどの、人智を超えた激戦が繰り広げられた証左。


 その一角にて真っ二つに割れた、もし人の手で掘り進めるなら数百年を要したろう岩盤の奥底から金脈を見付け出したのは、四代前のオリヴァ辺境伯。

 

 無銘神を喪ったばかりの王国には、国の混乱を宥め、立て直すための時間と労力と、何より金が必要だった。


 そんな折の金脈発見は、まさしく渡りに船。

 巨額の費用と人足を投じ、鉱業都市マケスティアを築き、莫大な富を得た。


 けれど。その急激な発展が、欲望の温床となった。


 神と悪魔がベルトーチカに振り撒いた穢れを集約させ、呪いへと至らせてしまった。


 そして、どうなったかは……先刻の穢モノを、荒れ果てた外壁を見れば分かるだろう。


 述べ三度の派兵も実を結ばず、既に都市の建造費プラスアルファくらいは回収できていたという状況も手伝い、ちょうど五十年前マケスティアは完全に廃棄された。

 幸い穢モノは街の外に出ないため、金脈さえ諦めれば、差し当たり問題無かった。


 ──と、まあ。僕が知っているのは、このくらい。


 にしても。臭いものには蓋、か。

 例え異世界であれ、人間の考え方とは、そうそう変わらないらしい。






「どこ仕舞ったっけ……ああ、あったあった。引っ張り出して下さい、ベルベット様」

「んー」


 辺境伯閣下から餞別代わりに頂いた二階建て馬車の七割近くを占める荷物に半身突っ込み、探り当てた丸筒。

 中身は古びた紙。オリヴァ家の蔵で埃を被ってた、マケスティアの地図。


「都市計画段階の品ですので、多少差異はあると思いますが」


 南北へ伸びる長方形の外壁を輪郭に、だいぶ大雑把な区画分けが施された街並み。

 素人目にも瞭然な突貫工事。取り敢えずガワだけ整えて、細かい中身は後々に回せばいいという魂胆が透けて見える。

 まあ、当時の状況を鑑みれば、そうせざるを得なかったのだろうけれど。


「ふむ」


 指先を走らせる。


 北。堅牢な外壁を巡らせた市中に在って、更に壁で厚く囲われた一角。

 金鉱への入り口、及び諸々の作業所などが固まった、マケスティアの心臓部。


 ここを押さえることが、ベルベット様の目的。

 僕には教えてくれないものの、どうしても大金が欲しい理由があるのだとか。


「いかがなさいます?」

「決まってんでしょ」


 ひとまずの動向を尋ねたところ、そんな風に返された。

 決まってるらしい。


「シンカ。めでたく伯爵様になったアタシ様が、何を差し置いても、まず真っ先に手に入れるべきものってなんだと思う?」


 常識。


「そう! 屋敷よ!」


 惜しい。











【Fragment】 無銘神官(2)


 等級問わず、神官は結婚が許されない。

 しかし王国の場合、伯爵以上の地位を持つ者であれば、神殿への多額の喜捨と引き換えに特例として迎え入れることが可能。


 当然、等級の高い神官ほど高額となる。

 前例は無いが、もしも一等神官を欲するなら、金品を山ほど積まねばならないだろう。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る