7
「アタシとしたことが、祝・新天地って感じで浮かれてたみたい。油断大敵ー」
ひとまず馬車に戻り、ベルベット様の治療を行う。
幸い、傷は然程深くない。拘束具同然に巻かれたコルセットが鎧の役目を担った模様。
西方では巨乳が敬遠される風潮で助かった。何が功を奏すか分からぬものである。
「止血と消毒は済みました。少し縫います」
「あたたたたたた! もうちょっと丁寧にやんなさいよ!」
「無茶仰らないで下さい」
かえし付きの鏃を力尽くで引き抜いたのだ。深くないだけで傷自体は普通に酷い。
暴れられても面倒ゆえ、素早く済ます。
手先が器用で良かった。
「ところでシンカ。さっきのアレ、マジなんなのよ」
斃れた穢モノが溶けて消えた跡を指差すベルベット様。
さて。何と問われても、僕とて詳しいワケではないのだけれど。
「……このマケスティアは、無銘神と
即ち王国が、延いては西方同盟が、過去数百年の統治者と呼ぶべき存在を亡くした地。
「唯一神と悪魔の闘争。大陸全土をも揺るがした大戦の傷は、百年近く経てど癒えること無く、穢れという形で残っているのです」
「ふーん」
自分で聞いたんだから、せめて少しくらい関心ある素振りを見せて欲しい。
そう考えるのは、我儘だろうか。
「先程の化生は穢れに堕ちた、嘗てのマケスティアの住人かと」
穢れとは質量を得た邪心。
邪心を抱く生物は、人間だけ。
つまり、穢れの影響を受けるのも人間だけ。
実際、穢れに精神を毒された者が人格を狂わせ、事件を起こしたなどの話は時折聞く。
そういうレベルの
……だが。ああも姿形を変質させるなど、通常有り得ない。
人間如きの邪心で、あんな風にはならないのだ。
「ベルベット様。まだ遅くありません、オリヴァ領に戻りましょう」
恐るべきは神と悪魔の遺した穢れ。
長居すれば僕は兎も角、ベルベット様が危ない。
「や」
…………。
や、て。
「つまんない冗談やめなさいよ。折角、首尾良く手に入った領地と爵位を手放すとか」
叙爵証書やら権利書やらが収まったトランクを蹴り付け、口角を上げるベルベット様。
「アタシは何がなんでも、この街の地下に眠ってる金鉱が欲しいの」
そんな欲望塗れの宣言を聞いた僕は、こりゃ駄目だと吐き出しかけた溜息を飲み込む。
……まあ、いいか。どうせ二度目の人生だし。
半分くらいオマケ感覚だから、そこまで命に執着とか湧かないんだよね。
付き合いますよ。程々に。
【Fragment】
旧暦六六六年、突如として空を裂き現れたという二人の悪魔。
文献では、灰髪灰眼の偉丈夫と黒髪赤眼の美女であったと伝えられる。
無銘神に戦いを挑み、一昼夜の末に降した後、再び空を裂いて消え去った。
西国からの侵攻を受け続けていた大陸東部では、番魔をこそ神と崇める国も多い。
この大事件を境、西方同盟は暦を改めた。
改元とは、統治者の代替わりに伴うものである。
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