6
「ベルベット様!」
二歩三歩とよろめく、赤いドレスに身を包んだ後ろ姿。
唐突極まる凶事に幾許か放心を挟みつつも我に返り、駆け寄ろうと足を出す。
しかし。
「シンカァッッ!! 私がいいって言うまで一歩も動くなァッ!!」
胸部を射抜かれたとは信じ難い裂帛。
思わず身を竦ませ、結果的に言われた通り、その場に固まる。
「こんのッ」
鏃半ばまで血に濡れた矢を引き抜くベルベット様。
本当に蝶よ花よと育てられた貴族令嬢ですか、貴女。
「あー、無駄に乳がデカくて助かっ、たァ!!」
言葉尻と同時、逆手に握った矢を投擲。
鳴り渡る金属音。
古びたレンガの上に落ちる、二本の矢。
嘘でしょ。矢を矢で撃ち落としたよ、この人。
「どーこだどこだ、どこどこ……シィッ!!」
宙を薙ぐベルベット様の右腕。
その手中には、三本目の矢。
嘘でしょ。飛んで来る矢を素手で掴み取ったよ、この人。
「みーつけた」
獰猛に笑い、ドレスの裾を裂き、足元に薄く罅が入る勢いで駆け出すベルベット様。
物凄く脚速いんだよね、あの人。百メートル走、四秒か五秒くらい。
控え目に申し上げて、だいぶバケモノ。
壁や天井などが崩れる、大きく重たい破砕音。
人どころか動物のものとさえ思えぬ、滅茶苦茶な金切り声。
暫し、そんな喧騒が門の向こうから響いた後、ベルベット様が戻って来た。
「なんか変なの居た」
そう言って僕の眼前に放り投げられた、異形。
まさしく異形としか称すべき語彙が見付からない、何か。
一般的な成人男性を倍近く上回る巨躯。
全身は泥に似た黒で覆われ、所々覗く表皮は、まるで錆びた鉛のような質感。
腕と思しき部位には、骨肉との境目すら曖昧となるほど癒着したクロスボウ。
鋼のリムを張り詰めさせる太いワイヤー製の弦。人力では矢を番えられない強さなのだろう、
ベルベット様は、こんな代物で射られたのか。なんで平気なの。
「きも」
目も耳も鼻も口も見当たらない。
正味、まともな生物かさえ疑わしい。
──だが。骨格や輪郭だけを注意深く見遣れば、人間に程近い。
「これは……」
嘗て王都の神殿で読んだ書物の一説を、記憶から掘り起こす。
マケスティアの穢れに蝕まれた者の末路。
理知を失い、意思を失い、遍く生物が平等に持つ死さえも失った、哀れなりし存在。
「これが、穢モノか」
【Fragment】 穢モノ
ケガレモノであり、ケモノであり、エモノ。
マケスティアの穢れに浸され異形と化し、死ぬことすら出来なくなった人間の末路。
呪いの悍ましさを体現し、神の不在という事実を人々に知らしめる怪物である。
普通は、こうはならない。
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