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「あの。一応確認させて頂きますが、考え直される気は?」
「分かり切ったこと聞くのね。あるワケ無いじゃん」
老朽化で所々が崩れた、高く厚い外壁。
巨大な門扉の左半分が朽ちて外れた出入り口の前で、ベルベット様が不敵に笑う。
ここまで連れて来てくれた御者達は既に居ない。
この街の異彩を逸早く感じ取り、馬車に繋げてあった自分達の馬へと跨って、逃げるように引き返した。
「なんて濃度の穢れ……空気が濁って見える……」
正直、僕も今すぐダッシュで帰りたい。
百メートル走十秒フラットの健脚を披露したい。
「どこ行くのよ」
さりげなーく踵を返すも、馬鹿力で首根っこを押さえられる。
ぐえ、と変な声が出そうになった。
「急で申し訳ありませんが、暇を頂戴したく。オリヴァ領の神殿に帰ります」
「ざァんねん! 既にアンタはこのアタシ、ベルベット・ベルトリーチェ・ベルトーチカ伯爵様が治めるベルトーチカ領付きの神官でした! 使用人と兼任のね!」
割譲に伴い獲得した爵位と新たな姓を声高に謳うベルベット様。
語呂が最高なのよね、と彼女は甚く気に入ってる。
「これだよ」
壁三枚隔てた先での陰口も聞き逃さぬ地獄耳に届かぬよう呟く。
……六年前、この理不尽女王が王都の神殿に放り込まれた日、無理やり子分にされた。
以降、彼女に振り回され続け、疲労困憊の三年間が過ぎて漸く解放して貰えると安堵した矢先、オリヴァ領の神殿に異動となった。
ベルベット様が懐いている、などと嘯いた神官長の口八丁を真に受けた辺境伯閣下が、それを強く望んだのだ。
本来、一等神官が王都を出ることは無いのだけれど、多額の喜捨が通例を捻じ曲げた。
しょっちゅう屋敷に呼び出され、無茶振りを受け、何度もエラい目に遭った。
挙げ句の果て、こんな禁足地同然の廃都にまで連れて来られる始末。
「大体、戻ってどーすんの。アンタ母様達にも姉様にも嫌われてたじゃん」
「家人以外の者が頻繁に邸宅を出入りしていれば、快くは思われないかと」
「ハッ!」
暗に貴女の所為だと告げるも、鼻で笑われてしまった。
「ほら、サッサと行くわよ! まずは道! このままじゃ馬車も通れやしない!」
瓦礫を蹴り飛ばし、つかつか歩いて行くベルベット様。
「どっかに手頃な屋敷でもあれば良いんだけど──」
僕には怪物の口か何かに見える門を、あっさりと潜って。
「──は?」
刹那。その胸に、黒い矢が突き刺さった。
【Fragment】 神殿
無銘神を奉る建造物、併せて無銘神を信仰する組織自体の総称。
旧暦に於いては王侯貴族にも劣らぬ権力や発言力を有していた。
信仰対象が消え去った現代、嘗ての栄華は見る影も無い。
特に近年は、深刻な財政難に陥りつつある。
そう。手段を選んではいられなかったのだ。
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