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「思い返すだけでも胸糞悪いわ。マジで」


 荒れ地を往く馬車の窓枠に肘を置き、苛々と舌打ちを繰り返すベルベット様。


「なーにが「キミとは結婚出来ない」よ。こっちこそ願い下げだっての。泣き虫ヨァヒトのくせに気取ってんじゃないわよ、リィザイ!」


 悪態混じり、足元のトランクを蹴り付ける。

 手癖足癖の悪さは、初めて会った時から変わらない。


「……そのヨァヒト殿下が場を収めて下さらなければ、果たして今もベルベット様の胴に首が乗っていたかどうか判断しかねますが」

「るっさいわね」


 曲がりなりにも王族に手を上げるなど、普通であれば三族並んで処刑台行きが妥当。

 そうならず済んだのは、歯が折れる勢いで殴られた当人直々の助命嘆願が大きい。


「一方的な婚約破棄。奥歯の十本や二十本、当然の落とし前でしょうが。王子なんて言っても所詮は庶子の分際で、アタシに恥かかせてくれちゃってさ」


 親指で首を掻っ切る所作と併せ、かなりアウト寄りな罵倒を吐き捨てるベルベット様。


 こんなことになってしまったにも拘らず、些かの後悔も反省も窺えぬ態度。

 高飛車もここまで来ると、いっそ敬服の念すら抱いてしまう。


「てかさー、あとどれくらい掛かるの。馬車、飽きたー」


 クゥミの殻を握り潰し、諸共に砕けた種子の欠片を舐め取りながらの問い。

 手元の地図を広げ、頭の中で算盤を弾く。


「ざっくり二日ほどでしょうか」

「遅っそ、ドン亀か! もっと急がせなさいよ、腰痛くなってきたんですケド!」


 僕だって痛い。


「これ以上は馬が潰れます」

「本望でしょ。馬車馬とか労働の代名詞みたいなもんだし」


 誰か、この理不尽女王に人並みの慈悲と動物愛護の精神を叩き込んであげて欲しい。

 ちなみに、僕には無理だった。


「スピード上げられないなら、せめて夜通し走らせなさいな。きゅーけー禁止」


 理不尽通り越して、ほぼほぼ暴君。


「流石に厳しいかと。馬は勿論、御者の方々にも休息は必要です」

「アンタが上手いこと下民ども丸め込めば済む話よ。神官の十八番じゃん?」


 ベルベット様は神官をなんだと思ってるのか。

 ……あながち間違っていないけれど。






 ダメ元で頼んでみたら、ほぼ二つ返事で了承を貰えた。

 だいぶ心苦しい。


「アッハハハハハ! いーわね、最高! 流石アタシのシンカ、すこぶる使えるわね!」


 僕は不本意極まれりだよ。

 あと、別に貴女のじゃないです。











【Fragment】 クゥミ


 地球で言うところの胡桃に似た種実類。大陸西側ではポピュラーな菓子。

 種子は非常に硬い殻で覆われ、専用のナッツクラッカーが用いられる。


 素手で割るなら、百キロ以上の握力が必須。





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