序
2
オリヴァ辺境伯家。
西方同盟の一角たる王国に属し、北部一帯の統治を任される名門貴族。
取り分け今代の当主様は名士と評判高く、齢四十そこそこの身でありながら、既に数多くの功績を築き上げている傑物。
十年前の第七次国境防衛戦に於いては自軍の倍に及ぶ敵軍を撤退させ、その翌々年の賊徒連合掃討戦では首魁と一騎討ちの末に勝利。領地運営の面でもデルタ川の治水工事や新農法の積極的導入など、文武共々枚挙に暇がない。
立場上、顔を合わせる機会も多かったけれど、まさしくノブレス・オブリージュを体現したかの如し御仁だった──と、持ち上げておく。リップサービスは世渡りの基本。
尤も、大人物であることは掛け値無しの事実。
欠点と言えば女癖の悪さくらい。ここ数十年、王国内では一夫一妻制の気風が強まりつつある中、奥さん四人も居るし。
しかし同時に家族想いで、子や妻を分け隔てなく愛しておられる。
肯定的に見れば、懐の深い御仁と評せる。
……故にこそ。此度の絶縁も、断腸の思いであっただろう。
ベルベット・ベルトリーチェ・オリヴァ。
現オリヴァ辺境伯閣下の次女。四人兄弟姉妹の末娘。ちなみに全員腹違い。
領内領外を問わず素行不良で広く知られた、父君とは方向性を真逆にする有名人。
人品骨柄はマイナス方面に振り切る形で貴族的。問題行動など日常茶飯事。
見かねた辺境伯閣下が十二の頃より三年間を王都の神殿で過ごさせるも、結局のところ大きな改善は見受けられず、近年は半ば黙認状態だった。
いやもうホント、彼女の凶暴さには参る。
教育方針が原因とかでもないと思う。兄君姉君は、普通に真っ当な人格の持ち主だし。
アレは恐らく生まれつきの性分。だから余計、手に負えない。
ただ、屋敷の使用人を階段から突き落としたり、献立が気に入らないと食卓を蹴り倒すなどの過ぎた癇癪は最低限ナリを潜めたため、幾許かの期待もあった模様。
いつかは貴族令嬢に相応しい立ち居振る舞いを身に付けてくれるのでは、と。
──そして。そんな周囲の祈りと願望が最悪の形で裏切られたのは、ほんの二ヶ月前。
事と次第によっては、オリヴァ家取り潰しにも至りかねなかった出来事。
俗に語るなら、そう──『
【Fragment】 西方同盟
王国、帝国、皇国。大陸西部に版図を持つ三国家の総称。
旧暦時代は無銘神の威光を傘に数百年間、大陸東部へと執拗な侵攻を繰り返していた。
無銘神の退去以降、旗頭と加護を失ったことで勢力の衰退が著しい。
また、国家間の結束も年々緩んでいる。
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