その追放令嬢、獣が如し

竜胆マサタカ

1






 ──光栄に思いなさい! 今日からアンタを、アタシの子分にしてあげる!

 ──え。ちょ、なんですか藪から棒に。











「ぅ、ぶっ……ぉえぇっ」


 全身十七ヶ所を串刺しにされて死んだベルベット様が、真っ黒な血を大量に吐き出し、血溜まりから這い出て来る。


 そのまま仰向けに横たわった身体へと、絹布を被せた。

 今朝おろしたばかりのドレスが、既にボロボロだ。あと何着も残ってないのに。


「お帰りなさいませ。御機嫌いかがです?」

「さいこー」


 皮肉っぽい、低く唸るような語調。

 僕に八つ当たりされても困る。


「今宵は、もうお休みになられますか? そろそろ夕餉の支度も整いますが」

「ぺっ」


 口の中に残っていた血と奥歯の欠片を、頬に吐き捨てられた。

 だから僕に八つ当たりされても困る。


「新しいドレスを用意しなさい、シンカ。食事はを叩きのめした後よ」

「畏まりました」


 不機嫌な時は初動が遅いと怒号が飛ぶため、素早く踵を返す。

 気の短い主人を持ってしまうと、苦労が絶えない。


 …………。

 しかし本当に、感心を通り越して呆れてしまうほどタフな御方だ。


 ──今日だけで、既に十回は死んでいるのに。


「通算だと……さて、どのくらいになるだろう」


 分かりかねる。無意味だし、途中から数えるのもやめてしまった。

 少なくとも百や二百では到底足りない。それだけ長く激しく、戦いを重ねている。

 常人なら、とうに気がふれていてもおかしくない。


 まあ、そもそもの話。こうなってしまった経緯は、完全に自業自得だけれども。


「全く……」


 近頃めっきり増えた溜息を飲み込む。

 神官たるもの常に背筋を立てるべし、とは幼少よりの教え。


 右手で胸元の九面体アミュレットを握り、左手で目元を覆う。

 、十二の砌に神殿の扉を叩いて以降、幾千幾万と繰り返し続けた、無銘神への祈りの所作。


「無知なる魂を御守り下さい。脆弱なる肉体を御守り下さい。孤独なる精神を御守り下さい。不確かなる明日を御守り下さい」


 信心の薄さが透けて見えるような、熱量の伴わぬ祝詞。

 日本人が食前に手を合わせる程度の、単なる惰性じみた習慣。


 それを終えた後、ふと思い返す。






 この呪われし廃都──マケスティアに赴いてからの、一部始終を。











【Fragment】 無銘神


 西方同盟にて広く信仰される唯一神。

 本当に唯一かは、まさしく神のみぞ知るところ。


 神名を口にすることは不敬との教義から、その名は人界に知られていない。

 姿もまた同様で、便宜上のシンボルとして九面体が用いられる。


 新暦九八年現在、生死不明。





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