第18話 次なる獲物

「……ほんと便利だな、魔法って」

「ね。前にレッドバグと戦ったときは、石が全然当たらなくて困ったのに」

「魔法だと一撃なんだもんなあ。俺も欲しいぜ」


 3層に到着したさらり達はのんびりとしたペースで、話しながら歩いていた。今は【加速】を使っていない。あの速さで移動してしまうと何がなんだかわからなくなり、帰り道を見失ってしまうという話し合いになったからだ。

 目指すモンスターの出現場所は、3層にある転送陣のどちらからも離れた場所にある。来見ダンジョンを普通に探索していたら、遭遇することのないモンスターである。

 ルイの先導で目的地に向かいながら、道中目についたモンスターを【水魔法】で仕留めていく。相変わらずの精度と威力に感心し感動しながら、濡れた落ち葉の上を進む。


「そういや、配信用のゴーグルってのがあるんだよ。知ってるか?」

「ううん、知らない。どんなやつなの?」

「こう、目の部分を覆うようにゴーグルを付けるんだよ。そうすると、コメント欄がいい感じに表示されるらしい」

「いい感じに……?」

「俺も使ったわけじゃねえからわからねえけどさ。移動中なんかは退屈だから、そのゴーグルでコメント読んで話してる配信者はけっこう多いぜ」

「移動中にコメントを読むの……?」


 よくわからないが、想像することはできる。移動しながらコメントを読む。いや、コメントを読みながら移動する? どちらが主になるのかわからないが、モンスターの姿を探しながら進むこととコメント読みを両立できる気がしない。

 そもそも今、さらりは【収納庫】へスマホをしまっている。移動しながら配信のことは考えられないと思ったからだ。その時点で、結果は見えている。


「……私には難しいかも。どっちかに気を取られて、どっちかが疎かになりそう」

「そういうのって慣れるもんなんじゃねえの?」

「慣れてく間に危ない目に遭っちゃうよ。他のことに気を取られてて、無事に帰れる世界じゃない気がする」

「あー……まあ、そうかもなあ」


 レインジェリー相手に死にかけた二人である。集中しないと危険だという感覚は共通のものだ。

 何しろ、配信は母も見ているのである。もう危ない目に遭うわけにはいかない。


「ゴーグルは買わないでおこうかな、見られる時だけスマホを見る感じで。……あっ、ルイくんが欲しいなら買うかもしれないけど」

「いらねえよ。何でさらりの配信で俺がコメントを読むんだ」

「ルイくんの方がカメラに向かって話すの上手だから、それはそれで良さそうだよ」

「嫌だよ、面倒くせえ」

「それなら、コメント読むのは落ち着いてる時だけになるなあ。コメントくれた人たちには申し訳ないけど」

「こっちが読まなくても勝手に盛り上がってんだからいいだろ。戦闘中はコメント見ない配信者も多いし、そういうもんだぞ」

「そうなの? それなら良かった」


 他にもいる、と聞くと安心してしまうのは日本人の性かもしれない。他愛無い会話をしていたさらりの足元の土が、急に柔らかくなる。


「わっ」

「お、そろそろ着いたか」


 元々3層の地面はぬかるんでいて柔らかいのだが、今いる場所は掘り返されたばかりのように柔らかく、踏み込んだだけでずぶずぶ足が沈む。これが、モールディガーのいる一帯の特徴である。3層に現れるもう1種類のモンスターは、モグラ。穴を掘って移動するので、地面が柔らかくなってしまうのだ。


「いやー……動画では見たことあったけど、これはすごいね」

「歩くのも危ねえよな。あんな木倒れてきたらひとたまりもねえぞ」


 柔らかな地面がもたらす弊害が、さらり達の目の前で繰り広げられていた。並び立つ林の木々が、ここでは斜めに傾いでいる。地面が柔らかすぎて、根がその役目を充分に果たしていないのだ。向こうでは、まさに今木が倒れていった。さらりの背丈などゆうに越した立派な木であり、ルイの言う通り、倒れてきたらひとたまりもない。


「ここでは3ー4層転送陣に行くのにモールディガーの発生場所を通らなくて済むから、楽だったはずなのに」

「今からでも戻ったっていいんだぜ。どうせ俺は良いスキルを貰えねえんだから」

「わからないよ。今度こそルイくんが【空間転移】を貰えるかもしれないし」

「ないない。大体さらり、モグラなんて食う気になれるのかよ」

「切って焼いちゃえばお肉だよ」


 さらりが答えると、ルイは顔を引き攣らせた。


「やべえ考え方だぞ、それ。その理屈だと何でも食えるじゃねえか」

「何でもは無理だよ。毒があったら食べられないでしょ」

「普通はモグラを食べることに抵抗があるんだよ」

「普通のモグラは嫌だけど……モンスターだからなあ」

「モンスターだから、余計に食える見た目してねえだろ。ほら見ろよあの頭、草生えてるぜ」

「お肉より生えてる草の方が食べものっぽいかな?」

「そういう意味で言ってねえよ」

「うーん……」


 わからない。モンスターは食べられる。そんな認識があるのは、『異世界冒険録』を読み込んだせいだろうか。ルイの反応に首を傾げつつ、さらりは揺れる葉っぱがひゅっと地面に消えるのを見送った。


「……食べる食べないの話は、安全に倒せるようになってからにしよっか。部位破壊にばっかり気を取られると、また怪我しかねないから」

「そうだな。やるかあ、モグラ叩き」


 モグラ叩きとは、モールディガーの倒し方の通称である。穴から顔を出すモールディガーの頭を叩き、核を破壊したらクリア。モールディガーは落ち葉の下に掘ってある穴に潜んでおり、すぐに移動してしまうのでこちらから狙って攻撃するのは難しい。よって、穴から飛び出てきたところを叩くモグラ叩きが有効なのだ。


「俺がモグラを叩くから、さらりはのびたモグラの頭を【水魔法】で狙ってくれよ」

「いいけど……ルイくんばっかり大変じゃないかな、それ。モールディガーに近づく役目の方が絶対に危ないよ」

「俺が前に出られねえなら、居る意味ねえだろ。前衛は俺にやらせてくれよ」

「……うん」


 そう言い切るルイの表情に、レインジェリー戦でも見た大人びたものを感じ、さらりは頷くしかなくなる。ルイなりに努力しようとしていることを、邪魔するなんてさらりにはできない。


(絶対に、ルイくんに怪我をさせないようにしよう)


 代わりにさらりは、そう決意した。危ない役回りをルイに任せる分、自分がしっかりと援護しなければならない。レインジェリーの触手にルイが襲われかけたような、あんな状況に陥ってはならないのだ。


「うわっ! すげえ動きにくいぞ、これ……よっしゃ、来たな!」


 ずぶずぶ沈む地面に手こずりながら、ルイはどうにか体勢を立て直す。落ち葉を跳ね飛ばし穴から飛び出てきたモールディガーの頭を、見事に包丁で叩きのめした。


「キュンッ!」

「え、速っ」


 モールディガーは、頭からは紅葉に馴染む色の葉を生やし、全身赤紫の姿をしていた。毒々しい見た目とは裏腹の可愛らしい悲鳴を上げ、一瞬ぴたりと動きを止めたのだが、ひゅんっと落ち葉の中に帰って行った。

 咄嗟の行動だったのだろう、ルイはモールディガーが消えて行った落ち葉を上から踏む。そこには穴はなく、ただ柔らかな地面に足が埋まっただけのようだった。


「穴ごと動いてんだな、あいつら」

「それが【空間転移】ってことなのかな」

「な、面倒くせえ奴らだ。次は仕留めてやる」


 一度攻撃体勢に入ったモンスターは、続けて攻撃を仕掛けてくる。落ち葉が不自然に動くのにルイはすぐ反応し、包丁を振り下ろした。


「あっ」

「お? よっしゃ! 倒せたぜ」


 さらりが出るまでもなく、ルイの二撃目が核に到達したことでモールディガーは倒れた。

 何だろう、この不完全燃焼感は。モールディガーを目掛けていた指の行き場がなくなり、さらりはそっと手を下ろす。


「なあんだ、3層のモンスターなんて今更大したことねえな。上手く当たれば一撃で倒せるかもしれねえ……ほらよっ」


 ルイは石を拾い上げ、少し遠くに投げる。するとそこからモールディガーが飛び出した。一旦地面に戻ったモールディガーはすぐにルイの傍から飛び出て、脳天へ見事に包丁を食らって消える。


「よっしゃ!」

「わあ、すごいねルイくん」

「さらりの【水魔法】でも一撃だからなあ。まだ足りないぜ」

「でも、私はモールディガーの速さに追いつけなかったよ」

「……確かにな。へへっ、反射神経ではさらりに勝てるかもしれねえのか。そうだよな、さらりはどっからどう見てもどん臭えもんな」

「ええ、そんな言い方しなくてもいいじゃない」

「悪い悪い。ま、ここは俺に任せとけって」


 ルイは言いながらまた石を遠くに投げ、飛んできたモールディガーを倒す。まさにモグラ叩きの様相だ。

 危なげなくモールディガーの頭を叩き割っているルイに向かって【水魔法】を飛ばしたら、かえって邪魔になりそうだ。楽しそうな彼の様子も相まって、手を出すのは憚られる。


(あの距離で石を当てるの、すごいなあ……)


 頭に生えた草が落ち葉に擬態しているため、モールディガーのいる穴はよく見ないとわかりにくい。その微妙な差異を目印に的確に石を投げるのは、さらりにはできない芸当だ。


(あんなことができるのに、どうして足手纏いになるなんて言うんだろう?)


 感心すると同時に、そんな疑問も湧いてくる。あれこれと考えが浮かぶさらりは、要するに暇なのだ。じっとしていると寄ってくるスライムを【水魔法】で倒すくらいしか、やることがない。


(ルイくん、モールディガーを食べるってことも忘れてるよね……)


 【解体術】の恩恵なのか、どの辺りを切りつければ部位破壊できるか何となく想像がつく。しかしルイがあまりにも生き生きと活躍するものだから、口を挟めないさらりなのだった。

 『そろそろ移動しないとまずくね? とんでもない数の核放置してるぞ』『初心者の洗礼浴びるか』『逃げろって! コメント見て!』

 【収納庫】にしまい込んだことで意識の外にも行ってしまった配信のコメント欄がそんな声で賑やかになっていることも、ふたりは知らないのだった。

 異変は、突然に起きた。


「あれ?」

「ん? 何か暗くなったな」


 さらりとルイは、同時に頭上を見上げる。太陽を雲が遮った時のように、周囲が急に薄暗くなったのだ。

 もちろん、普段ならばそういった天候の変化はよくあることだ。しかしここはダンジョンの中。レインジェリーのようなスキルがない限り天候は変わらないし、3層には天候を変えるモンスターはいない。

 だから、日が翳ることなんてあり得ないのだ。

 見上げた先で、木の葉ががさがさと激しく揺れた。強い風が巻き起こっているのである。大きく揺れる葉の間から、青い鱗のような皮膚が見えた。


「あっ! やべえ! ハネトカゲだ!」

「ハネトカゲ? 何それ」

「逃げねえと。急ぐぞさらり、こっちだ!」

「え? え、逃げるの?」


 戸惑うさらりの手をルイがぐっと引き、よろけてそちらへ一歩進む。先程までさらりのいた位置に、ぐさっと何かが突き刺さった。


「氷……?」


 鋭く尖った氷柱が、地面に突き刺さっている。それを見て、さらりにも事態の危険さがわかった。意味はわからないが、とにかくあれは脅威だ。


「わかった、逃げよう!」

「追いつかれるかもしんねえ。ダンジョン内であいつに出会ったら基本死ぬんだよ!」

「そうなの、え、うわっ!」


 走っているさらりたちの目の前に氷柱が刺さる。背筋がひやりと震えた。死の予感だ。


「ど、どうしよう、どうしよう」

「必死で逃げるしかねえだろ! こっちだよ!」

「あああっ、また氷が!」


 ぬかるみに足を取られてよろめいたところで、肩すれすれを氷が抜けていった。運が良い、と思う暇もない。


「【加速】しようぜ、さらり」

「それで逃げられるかな? 速いよあの氷、無理かも」

「無理でもいいだろ。何でこういう時にいつもぐだぐだ言うんだよ。【加速】してみろって!」


 言いながらルイが腕にしがみついてくるので、さらりが走るしかなくなった。【加速】で、とにかく向かっていた方角へ真っ直ぐに駆け抜ける。


「そろそろ転送陣だぞ、見ろ!」

「……ああっ、わかった!」


 練習の甲斐あってか、彼の掛け声に合わせて転送陣の位置を確認できた。【加速】を解除し、虹色の光の中へ転がり込む。どすっ、と背後で鈍い音がした。


「うわ……」


 目の前に刺さる、鋭く太い氷柱。当たっていたらひとたまりもなかっただろう。

 転送陣に入ってすぐ、さらりたちの体は光に包まれていく。その向こうに、さらりは敵の正体を見た。全身青い鱗に覆われた、トカゲに似た大きな体。前足と胴体の間には薄い膜が羽のように広がり、そこに風を受けて浮いている。


「あれが、ハネトカゲ……」

「配信で見たことあったのに忘れてたわ。大量の核を放置してるとあいつが食いにくるらしいぜ。だから、同じところでずっとモンスター倒すのはやめといた方がいいらしい」

「そうなんだ……」


 1層まで戻ってきたさらりだったが、まだ心臓がばくばくしている。あの氷の鋭さには、レインジェリーを遥かに超える脅威を感じた。


「今の私たちじゃ倒せそうになかったね……」

「さらりの【水魔法】ならいけるかもしれねえぞ」

「魔法を出そうっていう余裕もなかったもん。あの速さについていけなきゃ戦えないや。それに場所も、木だらけのところより開けた場所の方が良さそうだよね、ここみたいな」

「それはどうなんだ? 何もないと向こうも狙い放題だぞ」

「そっか……確かに。動画見て勉強してからじゃないと挑めない相手だね、あれは」

「核を大量に放置しなきゃ出てこねえんだから、戦う必要ないんじゃねえの?」


 至極真っ当なルイの指摘である。ところがさらりは不意をつかれたようにきょとんとし、それからふっとはにかんだ。


「いや……ちょっとドラゴンみたいだったから、味が気になって」

「はあ、そうかよ。相変わらず変わった奴」

「それほどでも」

「褒めてねえんだが」


 照れるさらりと、悪態をつくルイ。ふたりの次なる目標が、なんとなく決まった瞬間なのであった。


───


ここで1章完結とさせていただきます。読んでくださりありがとうございました。

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現代の青春はダンジョンとともに 三歩ミチ @to_moon

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