第10話 ダンジョン3層は秋の森

「ルイくんって方向感覚が良いんだねえ。地図見なくても着けるんだ、びっくりした」

「一度来た場所だからな。さらりが方向音痴なんだよ、また変なところで曲がろうとしやがって」

「あそこを右だったと思ったんだけどなあ……」


 さらりとルイは、2-3層の転送陣前で立ち話をしているところだ。いつもの時間にダンジョン前で落ち合い、1層を抜け、2層はルイの案内で進んで来た。昨日あれほど集まって来たバブルクラブは既に散っており、巣に誤って踏み込んでしまうこともなかった。何とも平穏に到着したのである。

 ちなみに、背後に浮かぶドローンは今日もランプを黄色に光らせている。公開と非公開を切り替えるためには、また電源を長押ししなければならないのだ。さらりは気づいていないため、本日もうっかり公開生配信である。


「3層、行ってみようか。ルイくんは予習してきた?」

「ああ、少し。何も知らないで突っ込むと危ないからな」

「そうだね。反省を活かせるって偉いなあ」

「こんなの普通だろ」

「それを普通にできるのがすごいんだと思うけど」


 ルイは初めて対面したバブルクラブに無策で突っ込み、必要ない攻撃を誘発したことがある。失敗は誰だってするものだ。それを反省して次に活かせれば良いのである。

 それにしても、自分が小学6年生の頃に、反省して改善などできていただろうか。


(ルイくんって、すごいなあ……)


 などと、彼の賢さに感心するさらりなのであった。


「いいから、さっさと行ってみようぜ」

「それもそうだね。行こうか」


 さらりはドローンを呼び寄せ、胸に抱える。ルイと同時に転送陣へ踏み込めば、少し置いて虹色の光に包まれる。

 ふわ、と木の香りがした。見上げれば、厚く折り重なる木々の葉が風に揺れている。ほんの少しの木漏れ日がちらちらと揺れ、ふかふかの落ち葉の絨毯を照らしている。


「不思議だよなあ。さっきまで海みてえなとこに居たのに、急に森だよ」

「しかも、紅葉してて秋っぽいよね。外は夏なのにさ」


 積もる落ち葉も揺れる葉も、赤や黄色に色付いている。3層はさながら、秋の森。樹が点在する落ち着いた雰囲気だが、見えないところにモンスターは潜んでいる。


「ルイくん、地図は見てきた?」

「それは見てねえ。見たのはモンスターと戦うとこだけだ」

「それじゃ、私のスマホ貸すね。これ、3-4層転送陣までの地図なんだって」

「助かる。……なるほどな、わかった」

「案内、お願いしていいかな」

「おう。いいぜ、任せろ」


 なんて頼もしい返答だろうか。転送陣から一歩出るルイに続き、さらりも3層へ踏み込む。

 ぐちゃり。

 落ち葉の中に足が沈み、泥のような嫌な感触がした。


「思ってたより歩きにくいな」

「うん。……これはこれで、雨上がりの森って感じでいいね」

「呑気な奴だな。転ばねえように気をつけろよ」

「……あ、あれ」


 さらりが指した先には、降り積もる落ち葉の中で一際赤く目立つ一角。それを見て、ルイも立ち止まった。


「はい、これ」

「どうも」


 さらりは【収納庫】から取り出した包丁を、ルイに手渡す。


「気づかれないで行けると思う?」

「わかんね。やってみようぜ」

「途中で気づかれたら、私が撃ち落とすね。家の前で拾った石を【収納庫】に入れてきたから」

「了解。頼むわ」


 役割分担も終え、いざ出陣。さらりたちは、できるだけ音を立てず、ゆっくりと忍び寄る。静かな移動は2層で鍛えられたが、足元が違う。何歩目かを踏み出したさらりの足が一際深いぬかるみにはまり、バランスを崩してしまう。


「あっ!」


 つい大きな声を上げ、地面に手を付いてしまった。ぐちゃ、と湿った音が響く。

 地面に張り付いていた赤い葉っぱが、ざわざわ動き出した。小さな山の形に膨らみ、少しずつ浮きながら楕円形に変化する。


「さらり!」

「うん!」


 さらりは【収納庫】から小石を取り出し、握りしめた。浮いて行く最中の葉の塊を狙い、振りかぶって投げる。大きく左に逸れた。


「おい、外すなよ」

「ごめん、力んじゃった。大丈夫、次は当てるから。……ああー」


 今度は右に逸れる。その間も少しずつ浮上していた葉の塊が、丸く膨らみ始めた。


「ああ、じゃねえよ。やべえぞ、膨らんでる」

「隠れなきゃ! ルイくん!」

「わかってるよ!」


 さらりとルイは、近くにあった樹の陰に体を寄せる。目の前を、葉っぱがすごい勢いで飛んでいった。


「……すごい速さだね」

「当たったらやばいぞ。確か、指飛ぶくらいの勢いなんだろ」

「そうだって聞いたことある。葉っぱが意外と硬くって、すぱっと切れちゃうって」

「この音だもんな。怖えよ」


 話している間にも、またシュッ、と空を切る音を立て何枚もの葉っぱが目の前を抜けていく。

 向かいに生えている樹の幹には、飛んできた葉っぱがさくっと刺さった。恐ろしい威力だ。


「くそ、あいつが見えない位置に隠れちまった」

「この攻撃をしてる間はレッドバグは動かないから、ここにいれば安全だよ」


 この葉の塊は、レッドバグというモンスターである。擬態する虫のように落ち葉の絨毯に紛れて潜み、探索者の存在に気づくと攻撃してくる。全身に纏った赤い葉を、四方にすごい勢いで飛ばすのだ。

 当たったらひとたまりもない。しかし葉の刃は幹を貫通できず、レッドバグは葉を飛ばし始めると動かなくなるため、隠れれば避けることができる。


「見えねえと、攻撃の終わりがわかんないだろが。……うおっ、危ねっ!」

「ルイくん! やめてよ!」


 ルイは幹からひょい、と顔を出してすぐに引っ込める。髪を掠めるように葉が飛んでいったものだから、さらりは悲鳴を上げた。


「大丈夫だよ、一応タイミングは測ってたんだ。だいぶ本体の色が見えて来てたから、あと何回か凌げばいけるな」

「そうなの……?」

「ああ。俺が合図するから、地面に戻る前に撃ち落としてくれよ」

「わかった」


 ひょいひょいと、ルイは飛び来る葉の間に顔を出してレッドバグの様子を確かめる。際どい瞬間が何度もあってはらはらしたが、ルイの指が切り飛ばされるようなことはなかった。


「しぼみ始めたぞ。さらり、やれ!」

「うん! ……ああっ」


 丸い球体だった体が、楕円形に萎んでいく。葉の衣を無くしたレッドバグはひとまわりもふたまわりも小さくなり、徐々に下がる。狙って投げた小石は、小さくなった的を見事に逸れた。


「コントロールが悪すぎるだろ」

「ごめん……ああ、地面に着いちゃった」


 レッドバグは降り積もった葉の中に体を潜り込ませ、姿が見えなくなる。やがて葉が真っ赤に染まる。

 染まった葉の中央にレッドバグの頭があるそうだ。よって一番安全なのは、気づかれないように近寄って脳天の辺り、核を狙って攻撃することである。レッドバグ自体は柔らかいため、強い攻撃を加えれば一撃で倒すことも可能だという。

 3-4層転送陣を起動するには核が必要なため、倒さない選択肢は基本的にはない。


「さらりに任せたら日が暮れるわ。俺がやるから石を寄越せ」

「うん、わかった。私ボールを投げるの苦手なんだよね、ソフトボール投げとかもいつも変な方向に曲がっちゃって」

「そういうことは先に言えってば。さらりの苦手なことは、俺が補えるかもしれねえだろ」

「……確かに。そっか」


 最初からルイに頼る、という発想がさらりにはなかった。危険だったり面倒だったり、頭を使ったりすることは自分がやるものだと考えていたのだ。さらりは一応、ルイの保護者なのだから。

 それに、さらりは元々ひとりで探索するつもりだった。30層のドラゴンを倒して食べるなんて目標に、付き合ってくれる仲間なんていないと思っていたから、全部自分がやって当然のような気でいたのだ。

 でもルイは、さらりの夢を知った上で付き合ってくれている。昨日の言葉が嘘でなければ、さらりとの探索を楽しんでくれているのだ。


「何だよ、妙な目で見やがって」

「いや……ルイくん、しっかりしてるもんね」


 ダンジョンを探索するのは、想像していた以上に危険と隣合わせだった。2層でバブルクラブの群れに追われた時なんて、ルイが居なければ逃げ切ることはできなかっただろう。共に探索する仲間として、もっと頼っていいのだ。


「ごめんね、何となく自分で全部やろうとしちゃってた。ルイくんの方が上手いことは、ルイくんに頼むようにする」

「そうじゃなくて、さらりが苦手なことを俺に教えるんだよ。そんで、どうすっか考えようぜ」

「……そうだね。そうだ」


 頼るかどうかを自分で判断しようとする必要すらなかった。ルイと相談し、方法を考えて先に進む。ふたりの力と思考を合わせれば、ひとりよりもきっと上手くいく。


(こういう仲間を手に入れられたのって、本当に運が良かったなあ)


 自分の運に感謝しながら、さらりは改めてルイと一緒に作戦を練るのだった。


「……よっしゃ! 行けたぜ!」

「えっ! すごーい……」


 数分後。

 まずは、身軽なルイが近寄ってみる。途中で気づかれるか、あるいは辿り着けたとしても一撃では倒せず、レッドバグは浮き上がり始めるはずなので、ルイが小石で撃ち落とす。その間にさらりは急いで近寄り、落ちたレッドバグにすぐ攻撃する。そんな作戦だったのだが、静かに近寄ったルイがレッドバグに包丁を突き刺すと、そのまま消滅したのだった。

 モンスターを倒し続けていると、ダンジョン内では身体能力が上がっていくという。いつの間にかレッドバグを一撃で倒せるほど強くなっていたことへの感心と、念入りに立てた作戦はなんだったのかという少しの徒労感。呆気に取られるさらりの元へ駆け寄ってきたルイは、核を手渡してくる。


「それ、【収納庫】にしまっといてくれよ」

「わかった。ありがと」

「じゃ、進もうぜ」


 毎回上手く行くわけではなく、近寄る途中に気づかれたり、ルイの一撃では倒せなかったりして、ふたりで協力してレッドバグを倒し続けた。何度目かにレッドバグに包丁を突き刺したとき、さらりの頭にひらめきが走る。


「部位破壊できそう」


 赤い葉の中に包まれたレッドバグの、芋虫型の体に生えた短い足。その付け根を狙ってみると、上手く脚だけ切り落とせた。さらりがそれを拾う間に、ルイがレッドバグの脳天に包丁を突き刺す。さらりの手のひらに、まだ少しうねうねと動く脚だけが残った。


「うえー……食うのかよ、まさか」

「うーん……これはさすがに、食べる気になれないなあ。芋虫を茹でたり、そのままで食べたりする文化もあるらしいけど……それにこれ、有毒だし」


 【鑑定】によって《レッドバグの脚:有毒。》を確認したさらりは、そっと手のひらから落とす。やがて、部位破壊された脚は霧となって消えた。


「食ったら何のスキルが出たんだろうな」

「それはちょっと気になるよね。ルイくん、食べてみる?」

「俺は絶対嫌だ」

「私も嫌だなあ、芋虫は……」

「……お前は何でも食いたがるのかと思ってたぜ」

「私が食べたいのはひとつだけだよ。その他は探索のおまけだから、美味しそうなやつしか食べたくない」


 何の楽しみもなく、30層まで黙々と潜っていけるとは思えない。モンスターを食べてみるのは、ドラゴンの肉を上手く調理するための経験積みと、あとは娯楽のため。毎層、全てのモンスターを食べる必要なんてない。


「あ、でもね、3層だとテッポウガエルは食べてみたいんだよね」

「げ、カエルを食うのかよ」

「カエルって、鳥みたいな味がするらしいよ。それに何だか綺麗な色してるから、あんまり気持ち悪くないし」

「綺麗な色の生き物って、毒があるんじゃねえの?」

「茹でても毒があったら食べるのは諦めるよ、もちろん」

「茹でるとこまではやるんだな……」


 どこか呆れた様子のルイは、さらりの姿を一瞥する。


「そんなナリしといて、カエル食うのは平気とかおかしいよな」

「おかしい? ……おかしい、かなあ」

「いや、気にすんな。可愛い顔してんのに、中身はえげつねえよなってだけの話」

「そんなこと。ルイくんの方が可愛いよ」

「……んな話はしてねえ、うるせえな」


 悪態をつきながらも、耳の縁がほんのり赤い。ルイのそういうところが可愛くて、つい褒め言葉をかけたくなってしまうのだ。


「くだらねえこと言ってないで、そろそろ切り替えろよ。テッポウガエルの縄張りに入るぞ」


 来見ダンジョンの3層では、レッドバグとテッポウガエル、それにリーフモールというモンスターが確認されている。それぞれのモンスターが、巣を中心として一定の範囲に出てくるのだ。多くの場合その出現場所は重ならないらしく、「縄張り」と表現されている。

 3-4層転送陣へ向かうためには、このうちレッドバグとテッポウガエルの縄張りを通る必要がある。そのことは、さらりも地図で事前に確認済みだ。

 ちなみに2層でも、バブルクラブ以外のモンスターが確認されている。来見ダンジョンでは偶然、転送陣が2つともバブルクラブの縄張りの中にあるのだ。この場合は1種類のモンスターの対策だけしておけば良いので、ラッキーなパターンなのである。


「あれだよね、テッポウガエル」

「そうだろうな」


 こんもり盛り上がった落ち葉の山。テッポウガエルはぬかるみに潜んで獲物を待っているらしいが、ぬかるみの浅さに対して体が大きいので隠れきれず、あのようにわかりやすいシルエットが出てしまうのだとか。


「……ルイくん、最初のうち、私は走るのに集中しててもいい? 攻撃することまで考えてたら、また転ぶ気がする」

「いいぜ」


 その返答を受け、さらりは包丁を一旦しまった。転んだ時、手に包丁を持ったままだったら大惨事だ。


「代わりに私が押さえるから、ルイくんは攻撃に集中してね」

「……まあ、いいだろ。跳ね飛ばされんなよ」

「頑張る。先に行くね」

「おう。任せた」


 テッポウガエルはレッドバグとは違い、近寄ると必ずこちらの存在を捕捉してくる。さらりが近づくと、落ち葉の山ががさりと動いた。それと同時に、さらりはぬかるみを力強く踏み込み、走り出す。

 ぱしゅん、と鋭い音が後方で響いた。テッポウガエルはその名の通り、鉄砲のように水を撃ち出してこちらを狙ってくる。その威力も相当なものだが、発射までに少し時間がかかるため、走り続けていれば当たることはない。

 さらりはぐるぐると、テッポウガエルを中心に円を描くように走る。その円周を少しずつ縮め、近づいていくのだ。十分に距離が縮んだところで、落ち葉の山に飛びついて押さえ込む。体の下で、バレーボールくらいの大きさの塊が跳ね上がろうとびょこびょこ暴れている。

 暴れるテッポウガエルは口から水鉄砲を吹き散らかしているが、動きを止めているため、後方には飛んでこない。


「ルイくん!」

「おう、任せろ」


 セオリー通りに背後から走り寄ってきたルイが、落ち葉の向こうに包丁を突き刺す。2度、3度。押さえ込んでいた塊がふっと消え、目の前にはモンスターの消滅を表す霧が立ち上った。


「上手く行ったね。もう何匹か倒せたら、私も交代したい」

「了解。転送陣はあっちだから、近づきながら行こうぜ」


 落ち葉の中からテッポウガエルの核を見つけ、【収納庫】にしまう。ルイの先導で、3-4層転送陣に向かいながら、見つけたテッポウガエルを倒していく。


「ルイくん、疲れてない?」

「全然。さらりが疲れたんなら、1層まで戻って休憩するか?」

「まだ平気……たくさん走ってるのに、全然疲れてないんだよね。こんなに運動したらへろへろになってると思うんだけど」


 何しろ、テッポウガエルの水鉄砲に当たるのが怖くて、全力疾走を繰り返していたのである。なのに多少息が上がるくらいで、体力はまだまだ残っているのだ。


「モンスター倒すと強くなるっていうの、こういうことなんだね」

「そうだな。俺、少し足速くなった気がするわ」

「私もそんな気がしてた。このまま外に出られたら体育の授業で困らないのに、ダンジョンの中でしか変化しないって残念だよね」

「外でも変わったままなら皆ダンジョンに潜るだろ」

「確かに、そうだねえ」


 ダンジョンの内部で生成されるものは持ち出せないし、向上した身体能力もダンジョン内でしか通用しない。だからこそダンジョンは、趣味と研究の対象に収まってしまったのだ。


「お、見ろよ。転送陣だぞ」

「ほんとだ! ルイくんすごいね、地図見てないのに道に迷わないなんて」

「さらりの方向音痴が酷いだけだろ」

「それじゃあ、最後の1匹は私が倒すね。できそうだったら部位破壊もしてみる」

「おう、わかった」


 役割を交代して臨んだテッポウガエル討伐もつつがなく終わった。さらりは、取得した《テッポウガエルの脚》を【収納庫】へしまう。


「なあ、さらり。前にしまったスライムの核、まだ持ってるよな」

「あるよ。さっき2層を歩きながら倒したバブルクラブの核も持ってる。試すんだよね?」

「ああ。やってみようぜ」


 さらりは【収納庫】からスライムの核を取り出し、転送陣に捧げる。ところが、いくつ捧げても虹色の光は出ない。


「……駄目かあ」

「その層で出た核じゃねえと反応しねえのか。核を取っとく意味ねえな」

「他の層にも使えたら楽だったのにね」


 さらりたちの前で3-4層転送陣が虹色に光っているが、これは最後にレッドバグとテッポウガエルの核を捧げたことで起動したのだ。幸い、今日倒した分だけで2人とも転送陣を起動することはできたが、検証の結果はいささか残念なものであった。

 1層で出たスライム、2層のバブルクラブの核では3-4層転送陣は起動しなかったのだ。この先も、その階のモンスターをしっかり倒しながら進まなければならない。省略はできないのである。


「ちょうどスライムも寄ってきたし、核は全部出しちゃっていいよね」

「そうしようぜ。そんで、そろそろ戻るぞ。疲れてねえけど、腹減ってきたわ」

「賛成。1層進めたし、今日の探索はここまでにしよう」


 スライムとバブルクラブの核は消えずにそこへ残り、どこからともなく現れたスライムが回収していこうとしている。それを横目に、さらりたちは来た道を戻り始めた。

 ダンジョンの中は広い。3層から1層に戻るにもそれなりの時間がかかり、1層に到着した頃には昼間というより夕方に近い時刻になってしまった。


「お腹ぺこぺこだね。ご飯にしよっか」

「蟹の脚取ってんの見たぞ。あれも食うよな?」

「うん。ルイくん、いっぱい食べてね」

「やったぜ! うまいんだよなあ、蟹」

「……いつか本当の蟹を食べようね」


 薄味の蟹に喜んでいるルイを見ると、不憫な気持ちになって仕方がない。

 何はともあれ。さらりは例の如く【収納庫】からコンロを取り出し準備を整える。


「それじゃ、今日のダンジョンクッキングを始めまーす」

「そういうの要らねえよ。誰に向けて言ってんだよ」

「ルイくんに向けて言ってるの。楽しいじゃない、新しいモンスターを美味しいって食べるの」

「うまければな。蟹はうまかったけど、カエルはなあ……」


 ルイに向けてどころか全世界に向けて言っていることは、黄色に光るドローンのランプだけが知っているのだった。

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