第11話 はじめての魔法

「バブルクラブの脚は焼いて食べるのが美味しかったから、今日もそうするね。炒飯の用意はもう少し待って。代わりに、今日は家からレモン持ってきたから絞って食べよ」

「酸っぱいのは要らないだろ」

「さっぱり香ばしくて美味しいと思うんだよね。ルイくん、おにぎり食べてて」

「さんきゅ。いつもうまいんだよなあ、おにぎり……鮭だ!」


 バブルクラブの脚の殻を上手く削ぎ、網をかけた火の上に並べる。遅い昼食になってしまったので、まずはルイのお腹を満たしてあげたい。火がよく通りふつふつとしたところで、レモンと塩を振りかける。


「はい、ルイくん。熱いから気をつけてね」

「……お! うめえな、これ。レモンかあ、ふーん。酸っぱいのもいいな」

「だよね。……うん、美味しい。やっぱり合うよ」


 蟹の身にレモンを搾るなんて定番の食べ方、合わないはずもないのだが。実際に試して、美味しく食べられるのは嬉しい。

 残りのバブルクラブの身はルイに託し、さらりは鍋に水を注いだ。沸いてきたところでテッポウガエルの脚を投入する。赤く綺麗な色をしたテッポウガエルの脚は、火が通ると茶褐色に変わった。


「それ、本当に食うのかよ……」

「まだ有毒だからわかんない。皮に毒があるカエルもいるみたいだから、茹だったら皮剥いてみようと思ってる」

「そういうの、どこで知るんだよ。こないだもカツオの……何とかっての、話してただろ」

「カツオノエボシね。身の回りで撮れた生き物とかを工夫して食べるのが趣味な人っていて、いろんな動画が上がってるんだよね。けっこう面白くて見てたの。その頃は、自分がやるようになるとは思ってなかったけど」

「見るのとやるのは違くね? そんなの、よく触れるよな」

「カエルの脚? でもほら、茹でたら食べ物に見えてきたよ。……すごい、剥いたらほんとに鶏肉っぽい。あ、無毒になった。皮に毒があったんだね、テッポウガエルは」

「……見てたら食う気無くすわ。終わったら呼んでくれ。スライム倒してくる」

「はーい」


 茶褐色の皮の下には、つるりとした肉が出てくる。鍋の湯を捨て、油を引いて炒めてみた。トングで身を適当に細かくし、醤油を垂らしてみる。ジュッ、と良い音がして香ばしい匂いが立った。見た目は美味しそうだが、果たして。


「ルイくーん! できたよ」

「どれどれ……ふーん、見た目は意外と肉っぽいな。もうカエルって感じしねえよ」

「食べてみるね。……うん、うん。なるほど、って感じの味。まずくはないよ」

「そんなら貰うわ。……おっ、うまいな。ちゃんと肉の味がする」


 ルイはすぐにフォークを伸ばし、ふた口目を食べ始める。

 そんな光景を見て、少し悲しくなるのはさらりだけだろうか。確かに肉の味がしたが、これもまた何となく薄い。まずくはない。でも、美味しくもない。そんな料理を嬉しそうに食べているルイを見ると、もっと美味しいものを食べさせてあげたくなる。


「さらり、食わねえの? 俺腹減ってるから、要らないなら貰うぜ」

「もう少しだけ食べるよ。……はい、あとはあげる」

「少食なんだな、さらりは。こんなにうまいもん、あんまり食えないなんて可哀想な奴」

「そうかも……ねえ、これにもレモン搾ってみない?」

「うまそうだな、掛けてくれよ。……ん、うまい」


 さらりが大人だったなら、美味しいお店に連れて行ってあげることもできただろう。しかし、そんなお店知らないし、お金もない。今のさらりにできることは、モンスター食材を少しでも美味しく加工することくらいなのだ。


「……大人になったら、ルイくんをご飯が美味しいお店に連れてってあげるね」

「マジ? やったぜ。そんなら早く大人になってくれよ、俺寿司食ってみたい。回るやつ」

「回るやつ? 回らないやつじゃなくて?」

「回らない寿司って、スーパーで買うやつだろ。あれも美味いけど、店の寿司食いてえわ。小さい頃に1回だけ行ったことあんだよ」

「いつか、回らないお寿司に連れてってあげるね……!」

「連れてく? 買うんじゃねえの?」


 さらりだって、回らないお寿司屋なんてテレビの中でしか知らない。回転寿司より、きっとずっと美味しいのだ。いつか味わうことになるなら、それはルイと一緒がいい。

 さらりが密かに新たな夢を抱いたところで、食事も済んだ。【収納庫】があるおかげで、片付けもすぐに終わる。


「今日はここまでだろ? 今から4層には行けねえもんな」

「そうだね。1日に1層進むのも、そのうち難しくなりそう。一応、10層までは何とか日帰りで行ける距離らしいけど……」

「深層には泊まりで行くもんなんだろ? 配信で聞いたぜ、寝袋持ってって交代で寝るっての」

「うーん、ルイくんに見張りをさせるのはなあ……10層が近づいてきたら、真剣に考えなきゃね」

「そうだな。まあ、今考えても仕方ねえか。5層にも着いてねえもんな」

「うん。5層のボスを倒せなくて進むのを諦める人達もいるみたいだから、まずはちゃんと倒さないと」


 ダンジョンには、5層ごとに強力なモンスターが現れる。彼らは「ボス」と呼ばれ、ボスを倒して得た魔石を捧げることで次の階層へ進めるのだ。

 そもそも、5層の前に4層の探索を終えなければならないのだが。先はまだ遠い。


「バスの時間まで、スキルの練習しようかな。……あ、ルイくん。また【鑑定】してくれる? 新しいモンスター食べたから、スキルが増えてるかも」

「見てやるよ。……は? マジか」

「え、何?」

「魔法が増えてる」

「魔法?」

「【水魔法】が増えてんだよ。どうなってんだ? ダンジョンで魔法が使えるなんて聞いたことねえぞ」

「私、魔法が使えるの? え、魔法? ほんとに?」

「そう書いてあるぜ。やってみりゃわかるだろ」


 魔法が使える探索者なんて、動画でも見たことがない。半信半疑で、さらりは【水魔法】を使ってみる。


「ごほっ」


 むせた。


「口の中に水がいきなり出てきた……」

「はあ? 何だよそれ」

「【水魔法】って、口の中に水が出てくるスキルなんじゃない? ほら、テッポウガエルも口から水を飛ばしてくるでしょ」

「何だよそのスキル。使えねえな」

「水分補給には使えるかも……地味だから、誰も使わないのかな」

「かもな。夢がねえな、魔法なのに」

「……でも、練習してみようかな。テッポウガエルはあんなに勢い良く水を飛ばせるんだから、いつか私もあれくらいできるようになるかもしれない」

「さらりが、口からすげえ勢いで水を吹き出すのか……」

「……やだね、その図。指から出せるようにならないかな」


 さらりは【水魔法】を念じ、出てきた水をごくんと飲んだ。指先から水を出すイメージでやってみたのだが。


「すぐには無理そう」

「配信者が誰も使ってねえんだから、練習したところで使い物にはならないんじゃね?」

「まあねー。でも、せっかくのスキルは有効に使ってみたいじゃない」

「……まあ、【加速】も役に立ったしなあ」


 さらりたちがモンスターを食べて得たスキルは、いずれも未発見のもの。そんなことは知らないふたりは、的外れな会話を繰り広げる。


「ルイくんのスキルだって、きっと上手い使い方があるって。使わないでそのままにしとくの、もったいないと思うよ」

「【粘液】と【泡吹き】にどんな使い道があんだよ。さらりのスキルとは訳が違うって」

「……でも、でもほら、きっと新しいスキルも手に入ってるから。見てみたら?」


 【収納庫】から手鏡を取り出し、ルイに渡す。ルイは鏡越しの自分の顔を【鑑定】したのだろう、暫くじっと鏡面を見つめてから投げやりな感じで鏡を返してきた。


「……どうだった?」

「【水探知】とかいうのが出た」

「水探知? 何だろうね、使ってみた?」

「使った。何にも感じねえよ。今までで一番使えねえスキルだ」

「探知って、何かを見つけられそうだけどねえ」

「俺もそう思った。でもなーんにも、少しも感じないぜ。テッポウガエルじゃねえと意味ないスキルなんだよ、きっと」

「そっか……じゃあ、微妙だねえ」

「おう。俺は普通に【短刀術】を練習するわ。スライム倒してりゃ、多少強くなれんだろ」


 せっかく得た不思議なスキルを追及しないルイの姿勢に、さらりのもったいない精神が発動してなんとなくうずうずするが、強要することはできない。作業のように一撃でスライムを倒すルイを横目に、さらりは【加速】を試みる。気が散っていたせいか、すっ飛んで転んだ。


「おい、大丈夫かよ」

「大丈夫だけど……手擦りむいちゃった。痛いや」


 転んだ拍子に手を地面につき、そのまま【加速】の勢いで進んでしまったので手のひらがひりひりする。

 少し悲しくなるさらりの前に差し出されるのは、最早見慣れた丸い核。


「食っとけよ。痛いのも治るだろ」

「うん、ありがと……うん?」

「どうした?」

「いつもより、効きが悪い気がして」


 いつもなら即座に全身が回復するのに、今日はなんだか変化が鈍い。


「怪我したからか? もうひとつ食ってみろよ」

「うん。……あ、治った」


 ふたつめのスライムの核を飲み込むと、心身の疲れが抜けていく感覚がする。慣れた感覚に安堵してから、さらりは首を傾げた。


「どういうことだろう? いつもはひとつで十分なのに」

「怪我したからじゃねえの?」

「うーん、そうなのかなあ……食べすぎると体が慣れちゃって効きが悪くなるとか、ないかな?」

「どうだろうな。今日は俺そんな疲れてねえから、よくわかんねえや」


 スライムの核を自分も口に放り込み、飲み込んだルイがそう言い放つ。


「ま、効きが悪くなるならその分たくさん食えばいいだろ。余った核は他の層じゃ使えねえから、食うか捨てるかしかねえもんな」

「そうだね。嫌だなあ、いつか百個とか二百個とか食べないと治らなくなったらどうしよう」

「そん時はそん時だろ」

「使えなくなったら困るよね。これ食べたら、家に帰った後で宿題できるから助かってるのに」

「さらり、お前家に帰ってから宿題してんのかよ」

「しないと終わらないんだよ、量があるから。また今度、一緒に勉強しようね」

「いいぜ。……いいけど、あそこ遠いんだよなあ。いっそここで勉強できりゃいいのに」

「ダンジョンの中で?」

「ああ。静かだし、飽きたらすぐモンスターと戦えるだろ」

「静か……まあ、そうだねえ」


 風の吹く音、草の揺れる音。それは賑やかな自然の音のようにも感じるけれど、ルイの家と比べれば遥かに静かだ。

 さらりは図書館のしーんとした空気の中で勉強するのが好きだが、目を上げたら緑の草原が広がっている1層で勉強するのも清々しくて良いかもしれない。一度くらいは試してみても良い。

 そんなことを思いつつも、話している間に近寄ってきていたスライムをさらりはさくっと倒す。


「スライムが寄ってきちゃうのがね。倒しながらじゃ集中できないし、集中してる間にプリントとか消されちゃうのも困るからなあ……」

「いいじゃねえか。消されたら諦めて探索しようぜ」

「よくないよ、宿題無くしたら大変だから」


 面白いアイディアではあるが、すぐに実現することは難しいだろう。最終的にさらりにあしらわれたルイは、不服そうに唇を尖らせる。


「つまんねえの。宿題なんかスライムに食わせちまおうぜ」

「食べさせたってなくならないよ。理由説明して貰い直すところから始めるの、むしろ大変だから止めとこ?」

「……真面目だな、さらりは」

「まあね」

「否定しないのかよ」

「真面目だからね」


 少なくとも根は真面目である、という自負はある。勉強だってしっかりしてきたし、任された役割はできるだけ果たしてきた。自分の夢にだって真面目に向き合っているつもりだ。その夢が、「ドラゴンの肉を食べる」という珍しいものであるだけ。


「じゃあもう1回【加速】の練習しよっと」

「そういうとこは真面目だな、確かに」

「よし! いい感じいい感じ、わぷっ!」

「よくやるぜ、ほんと」


 【加速】で駆けては転倒するさらりと、呆れながらスライムに包丁を振るうルイ。


「ルイくん! 今ね、【加速】しながら曲がるのに成功したよ!」

「お、マジか。見てなかったわ」

「やってみるから見てて……うわああっ」


 暫く練習した後、ふたりは例の如く明日の約束を取り交わし、帰路に着くのだった。


ーーーーーー


ルイによる【鑑定】の結果


さらり:【収納庫】【加速】【水魔法】【鑑定】【解体術】


ルイ:【粘液】【泡吹き】【水探知】【鑑定】【短刀術】

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