第5話 センス



――紅い光弾が彼女の杖先から放たれる。



(すごいな......まだ3回目のリトライだぞ)



そう、3回目。3回目だというのに、yukiさんはバトルを優勢にすすめていた。ほとんど被弾もせず、一方的に攻撃を加え、ボスのHP《体力》も残り半分を切っていた。


(......1戦目、2戦目で攻撃パターンを読み切っていたのか?)


――次々と繰り出される赤鬼の燃え盛る炎と、巨大な棍棒の織りなす連撃を躱し、的確な攻撃タイミングでモンスターのHPを削っていく。


(いくら第一ボスで弱めに作られているとはいえ、ビギナーが一人で簡単に倒せる相手ではない)


それがわかっていながら一人でやらせた理由は、決して嫌がらせだとか苦戦しているところを助けて優越に浸る等という事ではなく。


単純にゲームでの経験を積ませるためで、ボス戦というのがどういうものかを知ってもらう為だった。


最初から俺が加わってしまえば、あっという間に終了し、『......?(え、これがボス戦?余裕じゃね?)』ってな感じになるので、それだとこれから先ゲームを続けるのに良くない。だから一人で挑ませた......のだが


『ぐおおおーーー!!』


ラストの一撃、彼女の杖から放たれる光弾は、ついに赤鬼のHPを0へと削りきった。


赤鬼はきらきらと綺麗な光を放ち、データの海へと帰っていく。


『おめでとう、1ボスクリアだ』


『ありがとうございます』


彼女はぴょんぴょん飛び跳ね、その喜びを表す。


『すごいね、本当に。 ボスって初心者一人じゃ倒すのかなり難しいんだよ』


『え、そうなんですか?』


『うん、普通は3回目でソロは無理かな。 7、8回はリトライして俺がサポートに入って勝てるかなって思ってた』


『なるほど』


本当、飲み込みの早さに舌を巻く。こうもあっさり倒してしまうとは将来有望だな。


この感じならエンドコンテンツにも足を踏み入れそう。そんな事を考えていたら彼女が思わぬ言葉をチャットに打った。


『これが新人いじめですね』


(!?)


『違う! 経験を積んでもらおうと思って!!』


(やべえ!! 確かにそう思われてもおかしくないか!?)


『冗談です(笑)』


『よ、良かった』


『ボスに一人で勝てたのは、道中のモンスターとたくさん一人で戦わせてくれたからだと思います。 動き方がだいぶ理解できましたから』


『なるほど』


(まあ、それで1ボスを倒せるまでに成長できたのは、おそらく彼女のバトルセンスによるものの方が大きいと思うが。 実際、日夏なんかはボス戦一人でなんて出来ないし......)


『でも』


『?』


『楽しかったです、ボス戦』


ぴょんと可愛らしく飛び跳ね、彼女は嬉しそうにくるくる俺の周囲を回った。


『そう言ってもらえて俺も嬉しいよ』


『haluさんが?』


『うん』


(自分の好きなゲームを楽しいと言ってもらえる。 ゲーマーなら誰しもが嬉しいと思うのではないだろうか)


それからまた時間をかけ、ゆっくりとレベルをあげながら先へと進んでいった。一人でどんどん敵を倒していく様はもう誰が見てもビギナーだとは思わないだろう。


(あとはパーティーでの役割を覚えてもらうだけか......この飲み込みの速さなら難なくやれるだろうけど)


ダンジョンは基本的に四人パーティーで攻略で攻略する。四人になればダンジョン内の敵も相応にレベルが上がるのだが、ソロよりも数的優位を作りやすく難易度は落ちる。


(いずれフレンドとかもつくるようになればソロじゃなくパーティーでダンジョンに入ることも多くなる......その時困らないように近いうち人を集めて練習してもらうか)




◆◇◆◇◆◇




『あ』


と、彼女が一文字チャットを打った。


段々と陽の光がさす場所へ岩だらけの道が変わり始め、ついには2ボスを倒した向こうに大きな橋と空が見えた。


その橋は海岸沿いに伸びていて、出てみれば眼前に広がる広大な海と水面に反射する夕焼けのオレンジ。


燃えているかのような曇の朱はある意味ゲーム内でなければ目にすることのない幻想味のある景色だが、反面リアルに感じられる程の存在感だった。


『すごいですね』


『うん』


『とてもゲーム内とは思えない美しさです』



彼女はまたぴょんぴょん跳ねている。ジャンプの回数が多い......かなり喜んでいるな、これは。俺も嬉しい。


『いこっか。 次のボスが最後だよ』


『次で終わりなんですね』


『うん、そうだよ』


『わかりました』



この調子ならラスボスも難なく......とは行かないだろうけど、普通に倒せるだろうな。


ちなみに2ボスは流石に一人でとはいかず、5回目のリトライで俺がサポートに入り攻略するに至った。サポートといっても攻撃は彼女に任せきりの、回復役。


戦闘終了後、彼女は『くやしい!!』と仕切にチャットしていて、かなりの負けず嫌いだということが伺えた。そんなyukiさんのこれから先がとても楽しみに思えて俺は口元がにやける。


(負けず嫌いは物凄い速さで成長するからな、楽しみだ。 ソースは俺)


しかし、もう1時間近くになるけど、あっという間だったな。この人、教えれば教えるほど、どんどん吸収してめきめき成長していくからめっちゃ楽しいし。


......てかyukiさんて誰かに似ている。一緒にいると落ち着く感じが......あの人と。


黙り込む俺に彼女が心配したのかチャットを打ち込み気に掛ける。


『どうかしましたか?』


『いや、ごめん。 なんでも無いよ』


『疲れてしまいましたか?』


『大丈夫。 あ、でも5分くらい休もうか』


『わかりました。 飲み物を取ってきます』


『いってらっしゃい! 急がなくていいからね』


『りょうかいです!』


ぴょんとひと跳ねして動かなくなる彼女。


しかし、疲れるか......このゲームで俺が疲れる事は基本的には無い。強いて言うならエンドコンテンツに籠もっているときは流石に怠くなるくらいか。


殆ど寝ずにぶっ続けでレイド攻略するからな。


この5分休憩は彼女の為の休憩にと思ってだったんだが。あんま疲れてそうに見えないな。



『戻りました』


『おかえり』


『ただいまです』


と、彼女はまたひとつぴょんとジャンプした。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る