第2話 ダンジョン
思いの外、すぐにその初心者プレイヤーは見つかった。
案の定迷路のように入り組むダンジョンに阻まれ、先へ進めずに銀髪の少女は、ぼーっと突っ立っている。
まるで足元に張り巡らされている木の根に足を絡め取られているかのように動かない。
『スミマセン、大丈夫ですか?』
そう問いかけると、僅かにキャラクターが動く。なにかアクションがあるかと思いきや、しかしまた動かなくなってしまった。
(......むむむ?)
このゲームはキャラにターゲットを合わせると、そのキャラが何をターゲットしているのかがわかるようになっている。
彼女のターゲットが俺のキャラに向いていたので、こちらに反応して動いた事だけはわかった。そしてふと気がつく。
(......そうか、キーボードに慣れていないのか。 それか、パッドで一生懸命に文字を打っているか、かな)
――俺も最初は、キーボードが必要だなんてしらなくて、仕方ないからパッドで一文字ずつ頑張って打ち込んでたっけ。懐かしい。
昔の自分を思い出し、懐かしい気持ちに浸っていると、少女はついにその重い口を開きチャットに言葉を綴った。
『迷いました』
『ここ、暗いんで迷いますよね』
『はい』
『あの、このダンジョンって中級レベルのダンジョンって知ってましたか?』
まずは知らないで来てしまったのか確認だ。もしかすると上級プレイヤーが新たにキャラクターを作って遊んでいる場合もある。
ちなみに、育てたキャラがいるのにまた他にキャラを作り、遊ぶ理由はまちまちで、『気分転換に他種族を楽しむ』や『別のフレンド関係を構築したい』等。こうして本命のキャラがいながら作られる第2第3のキャラクターを、サブキャラと言う。
しかし、もしそうなら俺の行為は本当に余計なお世話だ。出来立てのキャラでどこまでダンジョンを攻略できるか、なんて遊び方してるプレイヤーもいるらしいし。
初心者マークを付けているからと言って、皆が皆ビギナーと言うわけではないのだ。
彼女のキャラがサブキャラだったりしたら、俺はむしろ邪魔でしかない。
悪戦苦闘しながら暗闇ダンジョンの攻略練習してるのかもしれないのだから。
そうであればすぐリタイヤして帰ろう。
『すみません、知りませんでした』
と、返ってきたチャット。
ああ、じゃあ本当に迷い込んだのか、知らないで侵入してしまったんだな。『じゃあ、』とチャットを打とうとした時、更に彼女からチャットが送られてきた。
『怒られますか?』
え、怒らないですけど?なぜ?......難易度の高いダンジョンに勝手に入ったから、怒られるかと思ったのか?
それとも俺のチャットの文面がそう思わせたのか?
わからんが、まずは安心させなければ。ただでさえ訳のわからん状況で混乱してるはずだし、なるべく柔らかい表現と思いやりをもって。
『いえいえ、大丈夫ですよ! 怒られたりしないです。 ただ、ここは難易度の高いダンジョンなので、知らずに入ってしまったのであれば、クリアするのは難しいかもしれません、とお伝えしたくて。 驚かせてごめんなさい』
(うおっ、慌てて打ったから長文に......読みづらいか)
また数秒のあきがあり、返答がくる。
『すみません。 私、初めてで』
彼女のツンと尖ったエルフ耳が、少ししゅんと下がった気がした。
『謝ることないですよ。 初心者でも普通に入れる中級ダンジョンの方が悪いまでありますからね』
いやマジで。この他にも確かどっかの高難度ダンジョンも初心者が無条件で入れるし。どんな意図でそういう仕様にしてるんだろ。
『いえ、知らずにきた私が悪いので。 帰ります』
と、くるり背を向けた時、またしても動きがとまった。
(? どうした)
そして再度こちらへ向き直り、彼女はこう言った。
『帰り道が、わかりません。 申し訳ないのですが、教えていただけませんか?』
ああ、そっか。クエストリタイアでダンジョンから出られる事を知らないんだな。
『それならまずメニュー画面を開いて』
その時俺はふと思った。彼女は何故このダンジョン入ったのだろう?と。
初心者がここまでくるには、最初の町から結構歩かないといけない。時間にして5分、山を2つも越えなければならない。
そしてこの5分というのは、一見短いようにみえてゲーマーには割と辛い。ネトゲに限らずゲームをする者にならわかるはず。
例えば、このコンテンツを『5分並んで待てばプレイできるようになりますよ〜』と言われても、余程やりたいものでなければ別のコンテンツへ遊びにいくだろう。
なぜならコンテンツ溢れるネトゲには5分あれば出来ることなど山のようにあるからだ。
しかし、だからこそ。もし、それ程の時間をかけてわざわざこのダンジョンを目当てにこの場所へ来ていたとしたら......勿論、迷ってここまで来てしまったという可能性もあるけど、もしかしたら何かしらの理由があるのか?
『あのちょっと聞いていいですか?』
『はい』
『どうしてこのダンジョンに来たんですか? ここ町からかなり離れてますよね』
詮索するのはあまり良いことではないが、気になる。
『友達が言っていたんです。 このダンジョン、凄く綺麗なのだと』
ああ、そうか。確かにベイルは海岸へと続くダンジョン。この場所はまだ入口だから岩しか無いし、暗く淀んでいる。
でも、ここをこえて先へ進めば幻想的な海のが眺められる景色が広がる。FDでも1、2を争うプレイヤーに人気のスポットだ。
『あの』
『はい?』
『俺でよければ案内しますよ。 お時間ありますか?』
俺はこのゲームに救われた。だから、色んな人に好きになって欲しいし、俺に出来ることがあるならしてあげたい。
彼女はこの申し出に悩んでいるのか、返答がなかなかこない。
俺がもしかして迷惑だったか、と不安になり『スミマセン、迷惑でしたよね。 出ましょう』と打とうとした時、チャットの返信を知らせるSE音がなった。
『よろしくおねがいします』
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