第28話
さて、これで忘れ物はないかな。数日前から初登校はこれでと決めていたワンピースに袖を通し、買ったばかりのトートバッグを肩に掛けた。鏡の前に立ち、前髪を整える。慣れないメイクに派手じゃないかな、なんてそわそわしながら、でもこれから始まる大学生活に胸を躍らせた。
『――次のニュースです。街中で花火を打ち上げるパフォーマンス集団・桐島花火製作所が昨夜、都内でおよそ二十分間の演目を行いました』
付けっぱなしになっていた自室の壁の大画面に目を遣ると、夜空に飛び出して次々に花火を上げる男達の様子が映し出されていた。その中心で火筒を抱えたよく知る茶髪頭は、紺色の法被を纏って思うままに飛び回っていた。
映像の中では初めて花火を見る子供達が嬉しそうにはしゃいでいた。傍の親達もその様子を温かく見守っている。ああ、良かった。今回も楽しんでもらえたみたいね。
若き六代目花火師のモットーはとにかく派手に、とにかく楽しく。そして見上げる誰かの心に火を灯す花火を目指して活動を続けている。こうして朝のニュースに取り上げられるくらいの認知度と許容感なら、世間全体に受け入れられる未来もそう遠くないだろう。
「ま、私に手伝わせてるんだからそれくらい当然だけどね」
誰もいない部屋で満足げに独り言を言って、画面を消した。学業を優先しろという彼の意見もあって以前みたいに付きっきりではないけれど、演目の企画段階では
「――ん?」
携帯画面に新着メッセージの通知が来ていた。送り主は、今しがた映像の中心で飛び回っていたあの男だ。
『入学おめでと』
『授業サボんなよ』
たった二文の入学祝いに、思わず笑ってしまう。
「サボり倒した挙句中退したあんたに言われたくないわ……」
放った言葉そのままを返信すると、決まりが悪そうな間を置いて『うるせえ』とだけ返ってきた。まったく、どっちが大人か分からないわね。自然と笑みが零れる。
花火があっても無くても、きっと彼と私は最高の相棒であり続けるだろう。
下ろしたての靴を履き、玄関に立てかけてあった松葉杖を手に取る。キツいリハビリを乗り越え、どうにか杖があれば長距離を歩くことができるようになった。電動車椅子の方が圧倒的に楽だけど、体力を付けるためにはやはりこっちが良い。それに記念すべき初登校だ。自分の足で歩いていきたい。
ドアを開くと、始まったばかりの季節が何処からか花弁を連れてきて、長い髪を柔らかく揺らした。目を閉じて、ゆっくりと深呼吸する。思い出したラムネが香る春は、青かった。
「行ってきます!」
私は強く前を見据え、果てしない未来に向かって意気揚々と一歩を踏み出した。
【了】
【長編】ジャンキー・ジェット・ファイアワークス 月見 夕 @tsukimi0518
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