第24話 罠

 その日のインスタンスの中では、祝勝ムードで賑わっていた。

「この調子なら『オール・ワン』にも勝てる!」

「俺たちなら出来る!」

「人類に勝利を!」

 一部の戦闘員と避難民が騒いでいるだけのようだ。しかし、インスタンス内の雰囲気が乱れさせているのは間違いないだろう。

「で、当の本人はどうなんだ?」

「自分ですか?」

「イツキ以外に誰がいるんだ?」

 ジョーは当然のように言う。

 飲んでいる水を見つめ、少しばかり考える。

「そうですね……。確かにより強力な力を得られたのは良かったです。でも、強い力を使えたりするのは、皆の協力があってこそです。決して自分一人の力ではないと思います」

「ま、それが妥当な答えだよな。俺だって格闘者になれたのは適性があったからで、適性検査したのはミネ博士率いる研究員や技術員の力があってこそだ。自分一人では世界を変えられない。だから皆で力を合わせて世界を変えるのが大事なんだな」

 そういってジョーは配給パンの最後の一切れを食べる。

「あそこで騒いでいるのはそれを理解してない。格闘者という存在を神格化させて、自分たちで勝手に崇拝してるだけのまがいものだ。正直いろんな意味で危ない」

 そのうちインスタンスの保安隊に目を付けられ、厳重注意を受けてしまう。それでも彼らの内側から沸き上がる高揚感を抑えきれていないようだ。

 しかし、戦闘員や避難民の押せ押せムードは徐々に熱を帯びてきている。

 その熱が伝わったのか、ミネ博士はある決定をした。

「『オール・ワン』がよく出没する東側を探索します。そのためには、情報が乏しい場所の調査を行う必要があります。そこで調査班を編成し、地図の作成と調査を行うこととしました」

 こうして、再び調査を行うことが決定されたのである。

 調査班はすぐに編成され、準備も着々と進んでいく。

 そして数日後には出発していった。

「今回の調査は、何事もなければ数日で終わるはずよ。それまではあなたたちはインスタンスの防衛を強化するように。常にバックルを装着しているようにして」

「それは……寝る時に邪魔になりません?」

「……言葉の綾ってやつよ。イツキは本気で受け取らないで」

 こうしてイツキとジョーは、当直に入る以外にも常に戦闘体制を整えているという、ある意味戦時下の状態に置かれた。

 とはいっても、やっている事はいつもと変わらない。常にバックルとアイテムを持ち歩くことだ。今回の体制下では、トイレや風呂であっても持ち歩くと言うものである。

 そんな状態を覚悟した数時間後の事だ。

 この時、たまたま屋上で見張りをしていたイツキの目にあるものが飛び込んでくる。

「あれって……」

 壊れかけの双眼鏡で見たものは、今朝見た顔であった。

「調査班の人たちだ」

 イツキの声に、周りの戦闘員が反応する。イツキは居ても立ってもいられなくなり、屋上から階段を使って地上に降りる。

 そして外に出て、彼らと合流した。

「調査班の方たちですよね?」

「あ、あぁ、そうだ」

 見たところ数人しかいない。

「一体どうしたんですか?」

「敵が……、『オール・ワン』の手先がいたんだ……」

 そういって震える調査班の一人。イツキはただ事ではないことをヒシヒシと感じる。

 そしてそこにミネ博士もやってきた。

「これは……」

「どうやら『オール・ワン』にやられたようです」

 イツキが簡潔に説明する。

「今回の調査範囲は敵の勢力圏にあったってわけね。これは問題だわ……」

 その1時間後。ミネ博士はこの事実をインスタンスにいる全員に公表した。

「これは私の判断ミスです。敵の勢力圏のことを考えずに、むやみに調査班を送り込んでしまいました。戻ってきた調査員の話では、現場には何人か取り残されているようです。そこで、今度は救助隊を編成し、救助に向かわせます」

 そういってミネ博士は救助隊のメンバーの名前を呼ぶ。その中にはイツキも入っていた。

「……以上のメンバーで救助に向かってください。出発は10分後。直ちに準備を整えたら外に集合です。以上」

 すぐに戦闘員は動く。イツキも準備のために個室へと走る。しかしそんなに荷物は多くない。バックルとデバイスは一式持ち歩いているため、水とわずかな食料を持つだけだ。

 外に集合すると、救助隊はすぐに出発した。調査班の残した情報を基に、救助ポイントへと急ぐ。

 やがてその場所が近づいてきた。ここからは慎重に進む。

 前方を警戒していた戦闘員が、手を上げて止まるように指示を出す。

 すると、前方に地面に倒れているレジスタンスの戦闘員がいた。救助隊の一人がその人に向かって駆けだした。

 その時である。

 駆けだした戦闘員の姿が急に消えたのだ。

「なっ……」

 イツキはその姿を追い切れずに見失った。

 あたりを見渡してみるも、すぐには見つからない。すると上の方からうめき声が聞こえてきた。

 イツキが上を見上げてみると、そこには先ほどの戦闘員がいた。どうやら罠のようなものにかかったらしい。

 イツキはホッと一安心した。

 次の瞬間、そこら中の地面から何かが飛び出してくる。そしてそれは、次々と戦闘員に襲い掛かった。

「うわぁぁぁ!」

 ほんの1分にも満たない間に、救助隊の戦闘員のほとんどが罠にかかってしまう。

「何だこれ……?」

「小生の趣味です」

 そういって出てきたのは、スイフトであった。その後ろにはルビーもいる。

「何が目的だ?」

「あなたを倒すのがちょっと難しくなっちゃったから、作戦を変更しようと思って」

「変更?」

「そ。レジスタンスの人間を、すこーしづつ確保して、なぶり殺しにするの。戦力を減らしたところで、形勢逆転って感じでね」

 そう説明するルビー。

 そしてイツキは思った。

「それ、自分に説明したらいけないヤツでは?」

「別にいいじゃない。それとも、あなたがレジスタンスの全員を守るの?」

 その言葉に、イツキはハッとする。レジスタンスの戦闘員はもちろんのこと、研究技術班の面々、さらにはインスタンスに身を寄せている避難民の事もある。全員がインスタンスに籠ってくれているならそれで問題はないが、そうとも限らない。

「出来ないでしょ? それならこっちが有利じゃない?」

「確かに、一理ある……」

「分かってくれたなら、さっさと消えてくれる?」

 そういってルビーはバックルを装着し、アイテムを取り出す。

「変身」

 そしてそのまま変身する。

 スイフトも、大鎌を取り出してメダルを装填し、変身した。

 慌ててイツキもデバイスを取り出す。

『ベータ!』

『スキャニング!』

「変身!」

『アプルーブ!』

『ファイター ヘリクゼン・ベータ!』

 イツキが変身したところで、スイフトが先に攻撃を仕掛けてくる。

 大鎌を振り回してイツキを攻撃するものの、イツキの方がわずかに身のこなしが早い。

 イツキが回避をしているところで、銃撃が体に当たった。思わずイツキはのけ反る。

 遠くの方を見ると、そこにはルビーが銃を構えていた。しかもスナイパーライフルのようなものだ。

「くっそやりにくいな!」

 イツキは、ルビーとスイフト両方からの攻撃を避けるために、その場から逃げようとする。

 後方にステップし、距離を取った。それに追随するようにスイフトが追いかけ、ルビーも射撃をする。

 そしてある場所をイツキが踏んだ時だった。

 グンッと足が引っ張られ、天地が逆になる。イツキには何が起こったのか分からなかったが、数秒後には状況を把握する。

「自分も罠に捕まったか……」

 足首を縄で括りつけるような原始的な装置であるが、残念なことにそれに引っかかってしまったようだ。

「自分が罠に引っかかった気分はどう?」

 ルビーが接近してきて、そんなことを聞く。

「まぁ、頭に血が上ってきて気分が悪いですね」

「結構余裕あるじゃない。じゃ、私たちはのんびりとレジスタンスの連中でも殺していきますか」

 そういってルビーは銃の照準を、レジスタンスの戦闘員に向ける。

 どうにかして縄を解こうと、イツキは体を持ち上げて縄をいじりだす。

「無駄です。その縄は特別な合金を混ぜて作っている物です。簡単に解けると思わないほうがいいですよ」

 スイフトがそんなことを言う。

 だがイツキはそれを無視して、縄を切ろうと奮闘する。それでも駄目だった。

「何か、何かあれば……」

 その時、カイドウの言葉が脳裏をよぎった。

『現実改変プロンプトを知らないのか?』

 現実改変プロンプト。イツキの予想では、おそらく物理法則すら捻じ曲げる力だ。

 それがあれば、何とかなるかもしれない。だが使い方も分からない。

 そしてイツキが出した答えは。

「切れろ、切れろ、切れろ……」

 ひたすら念じることだった。念じて願えば、何かが起こるはずだと考えたのだ。

 強く、強く。ただ強く願った。

 その時である。

 イツキの足首にまとわりついていた縄が、ブツリと切れたのである。

 そのままイツキの体は落下した。

「あでっ!」

「えっ。まさか、縄が切れたの?」

「そんなはずはない……! 一番頑丈なロープだったのに……!」

 イツキはよろめきながらも、立ち上がる。

「され、続きでもするか?」

 それを言われたルビーは、軽く舌打ちをした。

「一回撤退するわ」

「了解です」

 そういってルビーとスイフトは、イツキと戦うことなく消え去っていった。

「ふぅ、何とかなった」

 イツキは変身を解除して、辺りを見渡す。

 そこら中に倒れている調査班と、罠にかかっているレジスタンスの戦闘員。

「……助ける人が増えたな」

 そういってイツキは、まず罠にかかっている戦闘員から救助することにした。

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