第2話 適合者

 イツキが目を覚ますと、そこは医務室のような場所だった。

「あっ、起きた?」

 イツキの横には、博士の姿があった。

「俺は……」

「ヘリクゼン・アルファに変身して、怪人を倒した。後遺症や拒否反応などの症状が出てないところを見るに、あなたは適合者のようね」

 そういって、手持ちの端末に何かを入力する。

「あっ、そうそう。私の名前はミネ。気軽に博士とか呼んでちょうだい」

「じゃあ、博士。あのベルトは一体……?」

「あれは対格闘者用人型実体装甲装着型変身帯、通称ヘリクゼンバックルよ」

「ヘリクゼン……」

「わざわざ『オール・ワン』のところからプロトタイプの物を盗み出してきた代物ね。しかし、どこの馬の骨かも分からない記憶喪失の人間が、格闘者に変身出来るなんて。人類の可能性は無限大と言ったところかしら」

 そういって、ミネ博士はイツキのそばから離れる。

「そういえば。起きたら戦闘訓練するってジョーが言ってたわ。早く準備したほうがいいわよ」

 そのままミネ博士は医務室から出る。

 医務室に取り残されたイツキ。なんだか訳の分からないままレジスタンスの仲間入りをすることになった。

 ベッドから降りて、医務室を出る。先ほどの前線基地とは違う場所に運ばれたようだ。先ほどの校舎だろうか。

 そんな疑問は置いといて、イツキは建物をフラフラとする。ミネ博士から戦闘訓練をするように言われているものの、どこに行けばいいかいまいち分からない。

 とりあえず広い場所に出れば何とかなるかと思い、建物を出る。するとそこには、見たことのある姿があった。

「イツキ! 遅いぞ!」

 木の棒を持ったジョーが声を張り上げる。周りには銃やナイフの模型を持った少年少女たちが訓練のようなことをしていた。

「とにかくこっちに来い!」

 イツキはこれ以上怒鳴られる前に、ジョーの元へ走る。

「さて……。経緯は置いといて、お前は格闘者になった。となればやることは一つ。格闘術を習得することだ。銃やナイフはその後だ」

「あの……、そもそも格闘者ってなんですか?」

「博士から話を聞いてないのか? 別に知らなくてもいいが、あとで博士から説明を受けるかもな。じゃ、立ち話はこのくらいにして、さっさと実戦といくぞ」

 そういって、ジョーが構える。

「は、え?」

 状況を飲み込めていないイツキは、ボクシングのファイティングポーズを取る。

「それ!」

 ジョーは問答無用でパンチを繰り出す。

「うわわっ」

 イツキはそれを、後ろに下がりながら両手で受け止める。

「腹ががら空きだぞ!」

 そう言ってジョーがボディーブローをかます。それも反射的に後ろ飛びで躱す。

 そのままジョーは連続でパンチを繰り出す。そしてイツキはそれを後ろに下がりながらいなしていく。

 するとイツキの踵に何かが当たる。下を見てみると、がれきの残骸があった。どうやらイツキは下がりすぎて、これ以上下がれない場所まで来てしまったようだ。

「あっ――」

「よそ見するな!」

 その声でハッとするイツキ。前を見ると、ジョーの拳が目前にまで迫っていた。

 イツキは思わず息を飲む。

 ジョーの拳は顔に当たることなく、直前で止まった。

「逃げるばかりが戦闘じゃない。相手をよく見て、次の攻撃を予想するんだ」

 イツキはその場にへたり込んでしまう。

 周りの少年少女からは、一種の哀れみのような視線を受ける。

「さぁ、立て。俺に一発当てられたら解放してやる」

 そういって再び構えをするジョー。

 イツキは半分顔が引きつっていた。

 結局この日は、日が暮れるまで必死に戦闘訓練を行う。

「ま、初心者としてはかなり筋の良いほうだ。明日もやるから、忘れずに来いよ?」

 そういってジョーは建物のほうに歩いていく。

 一方イツキのほうは、かなり息が上がっていて、正直見苦しい程である。

 何とか建物に戻ってきたイツキを待っていたのは、ミネ博士であった。

「よ。訓練の後で申し訳ないが、これから座学だ。ついてこい」

 イツキは言われるがまま、ミネ博士の後ろをついていく。

 そして到着したのは、少し狭苦しい部屋であった。明かりもまともに点かない蛍光灯が、部屋の中を照らしている。

「あぁ、その辺の椅子に適当に座っといてくれ」

 イツキは言われるがまま、壊れかけの椅子に座った。

 ミネ博士は、部屋に事前に置いてあったであろうプロジェクターをいじる。

 すると、プロジェクターが動作し、壁に文字を映す。

「さて、今日は簡単に格闘者について理解してもらう」

 そういって、かなり簡略化された人の図が映される。

「まず格闘者というのは、ヘリクゼルの能力を引き出して戦う人間のことを指す。あなたが使ったヘリクゼンバックルも、ヘリクゼルによって構成されていると推測されるわね」

「あの、推測されるってどういうことですか?」

 ミネ博士が頭に手をやる。

「大昔に見つけた形状記憶超合金のようなのだけど、今の技術では通常の物質であるかどうかも分からない、まさにブラックボックスの塊なのよ」

「はぁ……」

「でも、分かっていることはいくつかある。その名の通り、超合金のような性質を持っていること。金属そのものから純粋なエネルギーが流出していること。適合者の意思に合わせてある程度変化すること、くらいかしら」

「なるほど……。でも、なんで俺は戦うことが出来たんだろう?」

「あなたが一番分かっているんじゃないの?」

「どうでしょう……。あの時は必死になって戦ってたから……」

 そういって、右ひざを擦る。変身から必殺技を出すまで、無意識で戦っていたのだろう。

「まぁいい。話を戻すけど、格闘者というのは複数人いてね。『オール・ワン』に何人の格闘者がいるか全く分からない状況よ」

 プロジェクターの絵が変わり、「オール・ワン」の組織図が映し出される。しかし、組織図というには余りにも空白が多すぎる。「オール・ワン」については、全く分かっていないことが分かるだろう。

「とにかく、あなたには『オール・ワン』の格闘者や怪人と戦って、レジスタンスに勝利を与えることが最優先事項よ。そのためには、我々レジスタンスは支援を惜しまない」

 ミネ博士ははっきりとこういうが、イツキは疑問に思っていることがあった。

「あの……、俺、レジスタンスに所属するって決めてないんですけど?」

「でもあなた、レジスタンスが所有してるヘリクゼルの装備品を使って変身したよね? なら、あなたはレジスタンスに所属したと言っても過言ではないわ」

「えぇ……?」

 イツキは若干困惑した。

「それに、あなたは記憶喪失で行く場所もないでしょ? なら別にこのままでもいいんじゃない?」

「それはそうですけど」

 イツキは若干不服そうだ。

「とにかく、今あなたはレジスタンスの一員で、『オール・ワン』と戦っていることだけは覚えて」

「……はい」

 結局イツキは、レジスタンスの一員として活動するのである。

 ミネ博士が手配して、イツキの部屋を用意してくれたようだ。とは言っても、教室を適当に区切った一角に過ぎないが。中には廃材から出来たベッドと薄汚れた毛布が置かれていた。

 とにかく、プライベートな空間を確保できたのはいいことだろう。体を毛布で包んで、冷たいベッドに横たわる。

 疲れていたのか、イツキはそのまま眠りにつく。

 それから何時間か経過しただろうか。外は薄暗くも、朝であることが分かるくらいには明るくなっていた。

 イツキが目を覚ました時だった。上の階から激しい金属音が聞こえる。

「怪人が現れたぞー!」

 その声に、イツキは飛び上がった。

 急いで建物から出ると、遠くのほうで爆発が起きているのが見える。

 そこに、ミネ博士がやってきた。

「イツキ! 急いで現場に向かって!」

「あ、はい!」

 そういってイツキは現場に向かう。そこには、全身黒ずくめの恰好に、何か文字が刻まれた怪人が立っていた。

『ギギ、俺はコンパイル……。全テをリセットすル……』

 片言の言葉で、周囲を破壊する。その中には、逃げ遅れた民間人もいた。

「待て!」

 そこにイツキが登場する。手にはヘリクゼンバックルを持っていた。

「……俺はレジスタンス。人々を助けるために戦う……!」

 そういってバックルを腰に当てる。バックルから自動的にベルトが腰に巻きついた。

 そしてアイテムのボタンを押す。

『アルファ!』

 アイテムをバックル上部に差し込む。

『スキャニング!』

 腕を回してポーズを取る。

「変身!」

 バックルの前面を押し込んだ。

『アプルーブ!』

 流体状の金属がイツキを包み込み、そして造形が現れる。

『ファイター ヘリクゼン・アルファ!』

「俺はお前を、書き換える!」

 イツキはコンパイルに向かって走り出す。

 そのまま、コンパイルと殴り合いになる。しかし、イツキのほうがパワーがあるのか、一方的な戦いになる。

「はっ! ふっ!」

『ゴッ……! ガッ……!』

 コンパイルは反撃しようにも、イツキの軽い身のこなしで攻撃が回避される。

 イツキはコンパイルの攻撃をうまく躱し、その間にパンチやキックを繰り出す。

『グギギ……!』

 コンパイルは攻撃を受けすぎてよろける。しかし、まだ攻撃の手はあると言わんばかりに、手を地面に置く。

 するとコンパイルの周りから、黒いモヤのような物が地面から生えてきて、実体化する。コンパイルの手下なのだろう。

『イケ……!』

 コンパイルの指示に従い、手下たちはイツキのほうへと走り出す。

「数が増えた所で……!」

 イツキは臆することなく、手下たちと戦う。周囲を囲まれたとしても、冷静に敵を殴り倒していく。

 そして十体ほどいた手下は全員倒され、それぞれ小さく爆発する。

『グギッ……! ココはヒトマズ退散!』

 そういってコンパイルはその場から逃走する。

「あっ! 待て!」

 その声むなしく、コンパイルは姿を消した。

「倒し損ねた……。後でミネ博士に怒られるかな……?」

 そんなことを口に出しながら、変身を解除した。

 その様子を、崩壊した建物の上から眺める男がいた。

「あいつが適合者か……。だが、変身できた所で俺の足元にも及ばないな」

 謎の男は、とあるカード状のアイテムを見て、そんなことを呟くのであった

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