天穿つヘリクゼンR

紫 和春

第1話 変身

 西暦2???年。

 地球は、時間も空間も全てがめちゃくちゃになっていた。

 かつて発生した大災害が原因であるが、この時代の人間にはほとんど理解されないだろう。

 世界の崩壊も人類の滅亡も間近に迫ったこの地球に、ある青年が降り立つ。いや、正確には自由落下によって落ちてきたと言うべきか。

 一体どこから落ちてきたのかは定かではない。しかし、一歩踏み間違えば奈落の底に落とされるこの地球で、地上に降りたてたのはまさに奇跡だろう。

 その青年が地面へと衝突する寸前に、急激に速度を落とす。そしてゆっくりと地面に接地することだろう。

「ん……」

 青年は意識を取り戻し、体を起こす。

「ここは……?」

 青年のいる場所は、市街地のようにも見える。しかし、住宅のほとんどが崩壊しており、まともに人が住んでいるようには見えないだろう。

 周りを見渡した後に、青年は自分の恰好を見る。無地の白ティーシャツにジーパン、靴もそこそこボロボロであった。所持品も見てみるが、これといったものはなかった。

 そして青年は、肝心なことに気が付く。

「俺は……誰だ?」

 青年は記憶を失っていた。自分が何者なのか、どこから来たのか理解していなかった。

 青年は立ち上がり、空を見上げる。空は曇天としており、太陽の光は全く見えない。しかし夜よりかは明るく、何かをするには問題ないくらいであった。

 遠くのほうを見渡してみると、どうやら霧のようなモヤがかかっており、完全に見渡すことはできないようだ。

「……俺はどうすればいいんだ?」

 今の青年には、何の目的もない。ただ当てもなく放浪とするほかないだろう。

 とりあえず青年は、自分のことについて思い出そうとした。

「俺の名前は……」

 存在する記憶を辿って、名前を思い出そうとする。すると、心当たりが一つあった。

「イツキ……」

 誰に呼ばれたか、あるいは呼んだかは定かではないが、人の名前はそれしか思い出せない。

 とにかく、これを自分の名前にするほかないだろう。

 青年――イツキは、これからどうするべきか考えた。しかし、自分が記憶喪失であること以外、何もできないままでいた。

 とにかく、人のいる場所を探さねばならない。そう思い、歩みを進めた。

 その瞬間、目の前にある廃屋が爆散する。

「うわっぷ!」

 思わず尻もちをつく。廃屋の破片が飛び散り、周辺の家も派手にぶっ壊れる。

 そしてその廃屋から現れたのは、二メートルに達するであろう巨体であった。人間というよりかは、怪人と言ったほうがいいか。全身を金属のような何かで固めており、常人では太刀打ちできないことを瞬時に理解するだろう。

「に、逃げ……!」

 イツキはその場から逃げようと反対方向に向かって走る。

 だが運の悪いことに、イツキのことを発見した怪人が迫ってくる。スピードはかなり速い。

 とにかく、全速力で逃げようとするが、道には障害物が大量に存在していて全速力で逃げることはできない。そんな悪路でも、怪人は障害物を無視して迫ってくる。

 そんな時、イツキは足元を取られて転倒してしまう。

「いっ……!」

 痛みに耐えていると、後ろから足音が聞こえて来るだろう。

 怪人は、重量のありそうな腕を持ち上げ、イツキに対して振り下ろそうとした。

 だが、そこに待ったをかけるように、銃撃音がする。

 鋼鉄製の何かがぶつかる音がするが、怪人には傷一つついていない。怪人がそちらの音の鳴ったほうを振り向くと、そこには一人の男性が機関銃のようなものを持っていた。

 すると、イツキの後ろから男のささやき声が聞こえる。

「お前、こっち来い。逃げるぞ」

 イツキの有無を聞かずに、腕を引かれて走らされる。

 怪人は、銃撃した男に向かって廃屋の残骸を投げつけている。

「あの人はどうするんですか!?」

 イツキが前を走る男に聞く。

「アイツは左足の大腿骨と肋骨を何本か骨折している。治療しようにも完治は不可能だ。残念だが囮として最後を迎えるしかない」

「そんな……。ここで死なせるんですか!?」

「俺たちだって万能じゃない! できることなら全員を救いたい……!」

 イツキはこれ以上聞くのを止めた。彼らは限界を生きていることを理解したからだ。

 しばらく走っていると、とある学校に到着する。窓ガラスは割れ、外壁もだいぶ傷んでいた。

 校舎に土足で踏み入ると、男は階段横の空いたスペースに向かう。

 そして床の一部に手をかけると、それを持ち上げる。床の下には梯子があり、更に下へと続いていた。

「先に降りろ」

 男に言われるがまま、イツキは梯子を降りる。

 梯子を降りた先には、薄暗い坑道のような通路があった。左右に分かれており、遠くのほうまでは見えない。

「そっち行け」

 上から降りてきた男に指図され、イツキは狭い通路を歩く。

 その先には広い空間があった。どこかの枯れた水道管のようだ。

 そこには身を寄せ合って恐怖に震える人や、何か機械のようなものを操作している作業着の人、はたまた白衣を着ている人がいた。

「ここは……?」

「お前、さっきの怪人を見ただろ?」

「えぇ……」

「ここは、あの怪人を生み出す武力組織『オール・ワン』に対抗するために集まったレジスタンスの前線基地だ。『オール・ワン』は、あの怪人のような生命体を操って地上を支配しているのは知っているだろう?」

「いえ……、知らないです」

「知らない? お前、出身はどこだ?」

「分かりません。今は自分の名前がイツキとしか……」

「昨日の大攻勢があった時に巻き込まれたか……。まぁ、いい。体に怪我はないな?」

「はい」

「なら、お前も戦うんだ。その調子じゃ、『オール・ワン』の手先でもなさそうだしな」

 そういって男は、自分についてくるように言う。

 その間に、男は名前を教えてくれる。ジョーと言うらしい。

 ジョーと一緒に向かった先には、小銃、手榴弾など、物騒なものがズラリと並んでいた。

「銃の使い方は……、まぁ分からんか。申し訳ないが、手取り足取り教えている暇はない。簡単な説明だけする」

 そういってジョーが銃を手にした時だった。

 地面が揺れる。地震かと思ったが、揺れはすぐに収まった。

「不味い、怪人がここを察知したかもしれない……」

 すると、奥のほうから声が聞こえてくる。

「博士! こいつを俺に使わせてください!」

「無茶を言わないで! 適合者でない君が使ったら、どうなるか知ってるだろう!」

「それでもです! ここにいる皆を見殺しにはできない!」

 そして奥のほうから、何かを持った男と白衣を着た女性が出てくる。

「マサ! 君は分隊長だ! 隊員の指示をするのが筋のはずだ!」

「博士。それでも俺は、ここで怪人を倒す!」

 マサと呼ばれた男性は、手にしていた何かを腰に当てた。

 すると、何かからベルトが伸び、バックルへと形を変える。バックルになったものは、全体が横に伸びた八角形をしており、中心に丸い凹みがあった。

 マサが手に棒状の何かを持って、スイッチを押す。

『アルファ!』

 音声が響き渡る。

 その時、イツキの体に異変が起きた。心臓の鼓動が速くなるような、そんな感じである。

 そんなイツキをよそに、マサは棒状の何かをバックル上部に差し込もうとした。

 その瞬間。バックルと棒状の何かの間に電撃が走り、はじかれてしまう。

「ぐわぁ!」

 バックルからも電撃のような物が弾け、マサが苦しむ。そしてバックルは爆発するように、マサの腰から外れた。そのバックルと棒状の何かは、イツキの前へと飛んでくる。

「言わんこっちゃない。君にはまだ早すぎなのよ」

 そういって博士がマサに近寄る。

 一方で、イツキはまだ心臓の鼓動を感じていた。目の前にはバックルとアイテムらしきもの。

「おい、イツキ? 大丈夫か?」

 ジョーが心配して、イツキの様子を見ようとした。

 その時だった。天井が崩れたのである。

 その場は阿鼻叫喚。悲鳴と怒号が響き渡る。

 そして崩れた残骸の中心には、先ほど見た怪人がいた。

「おい、イツキ! 早く逃げろ!」

 ジョーは手に持っていた銃を使って、怪人に弾丸を浴びせる。

 しかし、怪人はびくともしない。

 イツキはバックルを前に、呼吸が激しくなるばかりであった。

「イツキ! 早く逃げろ!」

 ジョーの声は聞こえない。

 イツキは思わずバックルとアイテムを手にしていた。そして怪人に向かって歩き出す。

「お、おい!?」

 ジョーの制止もむなしく、イツキは怪人の前に立つ。

「あの子、何する気?」

 博士も様子を見守るばかりであった。

 怪人はイツキのほうを見ると、咆哮を上げる。しかしイツキは全く動じなかった。

「……この世界の運命は、俺が書き換える」

 そういって、イツキは左手に持っていたバックルを腰に当てる。ベルトが伸びて腰に密着した。

 そして右手に持っていたアイテムのボタンを押す。

『アルファ!』

 それをまっすぐ、バックルの上から差し込む。

 すると先ほどと違って、バックルはすんなりアイテムを受け入れた。

『スキャニング!』

 その音声が聞こえると、その場にいた人々には周囲の空気が変わったように感じるだろう。

 イツキは、両手をそれぞれ反対の下方向に伸ばし、そのまま円を描くように腕を回す。目の前で腕が交差すると、そのまま胸の前で交差させる。

「変身!」

 そして両手でバックルの前面を押し込んだ。

『アプルーブ!』

 その瞬間、ベルトから水銀のような流体の金属が勢いよく展開される。そしてそのまま、イツキのことを飲み込むように金属が覆いつくす。

 人型をした金属の塊から、水が滴るように徐々に全体の造形が見えてくるだろう。

 その面影は、どこか人型の機械を想像するような奇妙な不気味さと、大きな複眼が特徴的な、まさに装甲をまとった人間兵器のようである。

『ファイター ヘリクゼン・アルファ!』

 格闘者の登場である。

「イ、イツキ……?」

 ジョーは半分腰を抜かしながら、イツキに問う。

 しかし返事はなかった。

「へぇ、これは面白いね」

 博士は他の人の反応とは異なり、かなり興味深そうだ。

 ヘリクゼン・アルファへと変身したイツキは、ゆっくりと怪人のほうへと進む。

 怪人は、手に持っていた棒のような物でイツキに襲い掛かる。だがイツキは、それを左手一本で受け止めた。

 想定外のことだったのか、怪人は驚いたような様子を見せる。とにかく攻撃を浴びせようと、棒で何度もイツキに殴りかかった。

 しかしそれを避けながらも、イツキは怪人に攻撃を加えていく。

 まるで遊び盛りの子供が、プロボクサーに滅多打ちにされているような状況だ。

 イツキには勝てないと察したのか、怪人は空いた天井から地上に逃げようとする。

 しかしイツキに捕まってしまい、顔面を執拗に殴られた。

 そしてイツキは、怪人のことを強く蹴り上げる。怪人は宙を舞い、何も手出しはできない。

 その時、イツキは両手でバックルの前面を押した後、左手側の部分を押す。

『アルファ ファイターキック!』

 右足に閃光のようなものが走ると、そのままイツキは飛び上がる。そして空中で姿勢を変えると、通常の物理法則ではあり得ない軌道を描いて怪人にキックする。

 右足が命中した瞬間、怪人の体が膨れ上がり、そして大爆発した。

「これは一体……?」

 一連の戦闘を見ていたマサが、博士に問いかける。

「あれが……、ベルトの適合者だよ」

 そのまま地面へと着地するイツキ。

 天井から微かに一筋の光が照らされる。

 それはまさに、新たな格闘者の誕生を祝っているようだった。

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