その5.「定期文」という言葉じゃ足りない

 開幕と同時に様々な情報が入ってくる『Con:Fine』ですが、その世界観をより一層視覚的に、かつ豊かに表現していたのが、Lumo氏の定期文です。


 いや、ここでは敢えて「定期文」とは言いますまい。


 本作で使用された数々の定期文による彩りは、映像作品で言う所の「視覚効果エフェクト」や「演出」に相当するというのが、私の感想です。


 というか、そうでなくともヤバすぎるんですよ。


 Spoonでマネージャーを経験された方は分かると思いますが、何が起きようと配信はどんどん進行していきます。


 そんな中、Lumo氏の定期文は変わっていたんです。


 分かりますか? です。この言葉のヤバさがお分かりでしょうか。


 しかも、終盤では映画さながらのエンドロールまで!


 正確な数はカウントしていませんが、膨大な数の文章を保存し、違和感なくリアルタイムで次々と表示していく作業がいかに過酷か……。


 自分の朗読配信でしょぼい定期文しか出さない私には、想像を絶する世界でした。




【ただの文字情報に留まらない凄さ】

 Spoonで使用される数々の定期文ですが、実はこれを作るのは非常に繊細な作業です。


 コメント欄の幅、文字数の制限、配置のバランス、そもそも使用する端末によるフォントのサイズ等々。


 それらを丁寧に観察しつつ、場面ごとに引き立てたい文字をきちんと強調できる場所に配置し、視覚的にも直感的に理解しやすくする。さらに、クライマックスである祭事の場面での『調和~Harmonia~』の歌唱では、歌詞を連想させる風景を挿入し、アーティストのMVやアニメのOPムービーにも近い印象を演出していました。これもう職人技では……。


 造り込みの緻密さに驚愕、クオリティの高さに感心、終演後にLumo氏がやっていたことのヤバさに気付いて絶句、という三拍子を併せ持つ、凄すぎる定期文でした。


 もともとを辿れば、Spoonは「ラジオアプリ」がコンセプトです。コメントを打ったり、背景を変えたりすることはできても、それらはあくまで「静止した情報」であり、動画のような「動きのある直感的な情報」は、どうしたって制限されてしまいます。


 定期文はそこに華やかさを添えてくれる側面がありますが、本作はそれを極限まで突き詰めた結果、非常に能動的アクティブな演出として機能していたと思います。


 これらの情報が、視聴していた方に、より直感的なイメージとして感じられたのではないかと思います。

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