第二章 剣の頂は杖とともに

第35話:女装にも慣れた頃

かつてこの世界は……という仰々しい言い草だが実は正直今とそんな変わってない。

別に悪魔がこの世界を支配していたり、古代の文明が発達していたとかは全然ないし、あったとしても初代勇者と呼ばれる最初で最後の勇者が魔物を使って反逆を企てとう魔族を事前に倒しただけだ。まぁそれ以外は歴史上に書かれてない、ってだけだから真実は誰も知らんけど。


ただ今と昔とで比べると明確な差がある。

それこそが魔法だ。


昔はただ曖昧で、まだまだ未熟な魔法陣に、身体の中にあるを流し込むことで起きる超常現象、という認識だけでしかなかった。

それが今ではどうだろう。

文字や記号の意味は完全に解明され、それを元に偶然ではなく必然に新たな魔法を作り出すことも可能にした。それと同時にあらゆる理論も作り出され、いつからか魔法は一つの学問と成した。



















「……ほぉー、とうとうアイツ『詠唱変換理論』の発表をしたのか」


ガタガタと揺れる馬車の中、貰った新聞を見て思わず感嘆の声を上げる。


「詠唱変換理論?……なんそれ」


それに反応を示したのが、俺の対面に座っていたティナだ。


「まぁ……読んで字のごとく詠唱を変換させる理論だな。今までの魔法は発動させる際に、その魔法に関連した言葉を喋る……所謂『詠唱』が魔法を安定させるのに必要だった。だが今回のこの理論でそれが大幅にカットさせることが可能になったというわけだ。詳細に言うと、そのカットされた言葉は魔法陣に新たなる記号をあるべき場所に付け加えることで詠唱しなくても魔法が安定するようになった。もっと詳しいこととなると専門的なことが絡んでくるから説明したって分かんないと思うから取り敢えず今はそこは端折る」


と、俺の長ったらしい説明を聞いているのか聞いてないのか分かんないような表情でいるティナに向けて、手に持っていた新聞を持ちやすいよう且つ見えやすいように一度半分に追ったのち、例の記事が見えるようにティナの眼前に押し付ける。


「ほれ、これがかの有名なこの理論を発見した賢者のウェルナルド=ダンダリオンだ―――」

「うえっ!?それってあの『水の賢者』の!?」


その名前が聞こえた瞬間、かぶりつくように新聞を凝視する。


「ほぇー、初めて見たけど結構カッコイイんだね」

「だろ?しかもコイツちゃんとモテるくせに他人には結構塩対応だから男版高嶺の花状態だったんだよなぁ」


いやぁ懐かしい。しかもあんなヤツだから卒業間際のあのイタズラが刺さった時なんと面白かったことか。

という感じに懐かしい記憶に思いを馳せていると、


ジッとこちらの顔を見つめる視線を感じた。


「……どうした?」

「いや……なんでそんなこと知ってるのかぁって。もしかして―――」


ゴクリ、と生唾を飲み込む音が聞こえる。



「……同じ学園にいた……?」

「正解」

「やっぱり!や〜、シークの魔法の知識から考えるにどこかの魔法の学校に通ってたのは分かるんだけど、まさかあの『五色の賢者』と同じ学校に通っていたとは」

「ついでに言えば同学年」

「えっ!すごっ」


キメ顔で自慢するかのように言うことで、さもそれが本当の事実化のように信憑性を含ませる。

実際には同学年どころじゃなくてかなり親しい仲だったんだけどね。ま、それ以上に俺自身も賢者なんだっつ―話だけども。そんなこと真面目に言ってもふざけて言ってもどうせバレないのだからこちらは相手が都合よく解釈してくるのを待つだけでいい。あぁ、弁明する必要がないの楽。


だがそんな賢者も、今や一貴族の令嬢の女装メイドをやっているなんて誰が思うだろうか。それも、この馬車の護衛についている何人かの騎士も、全員以前からの面識はあったがそれでも最初見た時には誰もがそれを否定するくらいには完成度の高いメイド姿だ。

一生話のネタになること間違いなしだな。


とか自分のことを鼻で笑っていると、いきなりティナが大きく息を吐いた。


「やっぱシークはすごいなぁ。私に色々魔法を教えてくれるし、それに『五色の賢者』と同じ学園に通ってたなんて……」

「それに見合った頑張りをしてたからな。それに俺からしたらお前もそうだけどティーゼさんとかの方が凄いと感じるけどな」

「……私もですか?」


当然聞こえた自分の名前に、今まで黙々ともう一部の同じ新聞を読んでいたティーゼが顔を上げて反応する。


「というかティナよりも尊敬してる節はある」

「それは分かる」

「ティナ様……」


侍女として、主人にそんなこと言われたら冥利に尽きるものなか。

本当のメイドではないこちらからしたらティーゼさんの本心を図ることはできないが、少なくとも心のなかでは嬉しくは思っていそう。

それくらいは俺にも予想できる。


「ただ……これでようやく本格的な魔法の練習を始められるな」

「……え?」


と、俺の何気ない一言にティナの表情から人の血が抜け、その代わりに鬼の血が流れてゆくのは流石に予想できなかった。特に表情は変わっていないものの得も言えぬが俺を襲う。


なんかマズイ。そう思った時には俺の口は既に弁明の言葉を吐いていた。


「か、勘違いすんなよ。言葉の意味を履き違えんな。俺が言いたかったのはもっと魔法師が使うようなレベルの高い魔法を教えられるということだ。だから、いくら魔法が好きだからといって勝手に騙されたみたいな思考になって力任せに恐喝するようなことだけはすんなよ」

「……ごめんなさい」

「わかればよろしい」


……いやホント、力任せに恐喝されたらたまったもんじゃねぇからな。

いやはや、他のことに関しては結構俯瞰的に見られるのに、少し魔法が絡むと何故こんなにも激情家になって見境なしになるのやら。もうこれ二重人格レベルだぞ。


「ところでなんだけど」

「……お前本当に反省してる?」

「してるしてる」


ニパッと笑うその屈託のない笑顔にはなんの裏もないのだろう―――この場合に至っては裏が合ったほうが良いのだが。


暫く半眼でその表情を見ていたのだが、あんまりにも変化がないので最終的にはこちらが折れることにした。

深くため息をついてティナから視線を外し、俺は馬車の窓を開いて外で馬に乗っているある一人のエルヴァレイン家専属騎士に声をかける。


「フィオナス!あとどれくらいで着きそう?」

「ん〜、そうですね。これくらいのペースですとちょうど明日の昼前くらいには着くんじゃないかと」

「うへ、まだ一日かかるのか。……ありがとね」

「どういたしまして」


うんざりした表情で窓を閉めるが、そんなのでも全くもって嫌な顔せずに笑顔で対応してくれたのは、ヴェンスさんの弟子、且つ最近エルヴァレイン家直属の騎士へと昇華したフィオナス=エルダラだ。

俺に心身共にボコボコにされたのがいい経験になったのか、その後は凄まじい勢いで成長していき、今では騎士を任されるまでになったそうな。というかそもそも彼女は実力だけはあったものの、精神が間に合ってないせいで正式に娘を任される立場は許されなかっただけであって、強さで言えばカンナに肉迫するほどだったらしい。


「う〜ん、腰が痛い」

「私も。……なんかこの状況にピッタリな魔法はないの?」

「……ある。……けど今その魔法を使えば突然魔物が現れても俺は対応できないぞ」

「大丈夫だって!そんな都合悪く魔物が出てくるなんてあり得ないって!」


んー。なんか良くないものが立った気がする。何がとは言えないが絶対に良くはないものが。


「まぁ良いか」


……別に俺がティナみたいに楽観主義って訳じゃないぞ。この場の戦力考えたらって話だ。


と、誰も聞いちゃいない心のなかの言い訳を済ませたのち、両方の窓からそれぞれの車輪に四回魔法を唱える。


「“土魔法:衝撃吸収”×四(アスタリスク・フォース)」


その瞬間、さっきまで当たり前にあった馬車の揺れが嘘みたいに消失した。


「掛け四て。魔法ってそんな雑でもオッケーなの?」

「雑とはなんだ雑とは。これ結構難しいんだぞ。魔法陣を投影してないから頭の中で同じ魔法陣を四つ同時に思い描くんだから。それに魔法陣にも新しい記号を描かなきゃいけない」

「……なんかそっちのほうが面倒くさくない?」

「慣れれば一個ずつ描くほうが面倒に感じるんだよ」


因みにどうでもいい話だが、この魔法陣の並列起動には世界記録があって、最大で五十六個描くことが可能だ。いやアレは凄かった。俺も実際にこの目で見たから信じられるがアレは圧巻だった。


できればもう一度見たいものだが。


まぁ、も王都に滞在していると聞くし、一度くらい会いに行ってもいいかも知れないな。学園の後輩だしね。





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