第34話:出会いは簡単、別れは困難

その後は、何度か危ない場面があったものの両者ともに無事帰宅することができた。

真剣勝負なんて面倒、という安易且つ俺の芯の考えを持って逃げたわけだが途中で中々に危ない場面もあったので、なんだかんだでこの俺の逃走劇ことが真剣勝負なのでは?と、逃げながら思った。


「あとは全て私にお任せください」


先に家に着いた時、ちょうどその辺を歩いていたティーゼさんからこれ以上ないくらいに頼もしいお言葉を貰った瞬間の心強さと言ったら。それはもうジダに戦いの中で背中を任せたときくらいと言っても過言ではない。

その証に、ゆっくりと歩いて自室(仮)に戻っても誰も俺を呼び止めなかったのが最たる証拠だ。

当代剣聖のヴェンスさんとタメ張れる程の実力を持つティナが足を止めるとなると、もしかしたら最終的なこの家の頂点は彼女かもしれない。


なんてことがあったその数時間後。


自室でゆっくりしている途中、なんとなくポケットに手を入れて「あ、やべ。この魔道具渡してなかったわ」となってた時に唐突にティナが音もなく入室してきて、


「シーク、貴方暇でしょ。暇なら私達と一緒に来てよ」


なんてことを言われてしまった。


「……ど―――」

「どこに、とは聞かせないよ。貴方ももう思い浮かんでるでしょ」

「…………」


そりゃそうだ。その場所にティナを間に合わせるためにわざわざ面倒くさいことに手を突っ込んだのだ。だから不思議とこの言葉だけでパッと思いついてしまった。まぁ最終的には思いもよらぬ再開もあったわけで動いたことに後悔はしていない……が。


「却下だ。今回お前を連れ戻しにきたのだって明日に間に合わせるためにティーゼさんからのお願いで動いたんだ」

「だったら私からのお願いも聞いてくれてもいいじゃん」

「なんで俺がお前の言うことなんか。貴族学院についていくなんて面倒くさい。というかそもそもどうやって俺を一緒に連れてくつもりなんだよ」


そう尋ねると、待ってましたと言わんばかりに鼻を鳴らす。


「フフン、そこはもう考えてあるのだよ。ズバリ!メイド服を着て―――」

「嫌に決まってるだろ」

「まだ最後まで言ってないじゃん!」


あまりにも突飛な考えに肺の底から深いため息を漏れてしまう。


「……てかなんでメイド服なんだよ。どうせお前、従者として俺を連れて行くつもりなんだろうが、だったら執事でいいだろ。なんでメイド服なんだよ」

「私女子寮の一部で寝泊まりしてるから……」

「余計駄目だろ……」


ここまできたら我儘も筋金入りだな。


思わず頭を抱えてしまうが、目の前のさもそれが当たり前みたいに思っている顔を見ると、一瞬だが「自分が間違っているのか?」と思ってしまうのだがら恐ろしい。


「はぁ、駄目だ駄目だ。というかそんなことお前の両親が許さないし、というか俺は従者としての能力なんかないんだから誰がお前の世話をすんだよ」

「あ、そこはティーゼも一緒に言ってくれるから大丈夫」

「だったらティーゼさんの許可がないと……」

「そこに関しては全く問題なし!ティーゼも良いって言ってた」

「なんでだよ」


あぁ言えばこう返される。しかもその全てに変な筋が通ってしまっているのだからコイツの我儘はかなりたちが悪い。


どうしたものかと腕を組みながら天井を仰いて唸り声を出していると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「……どなたですか?」

「私です。ティーゼです」


という言葉が聞こえてきたかと思ったら、部屋の主の許可もなしに扉が開かれる。

だが俺の視線がそちらを向いた時、自然と眉をひそめてしまう。


……いや、別に勝手にこの部屋に入ってきたことに対して怒っている訳では無い。ただ部屋に入ったティーゼさんが持っていた物が問題なのだ。


「ティーゼさん?それって……もしかして」

「はい、メイド服です」


変な歪曲した返答でもなく、素直に答えたティーゼさんが持っていたのは紛れもなくメイド服だった。畳まれているので詳しいことは分からないが、それでもそれは今ティーゼさんが着ているのと同じメイド服だった。


この話の流れ以外の時に持ってきたならまだこんな表情はしていない。


そして俺が『こんな表情』のままその衣服をジッと眺めていると、ティーゼはティナのもとへと近づき丹精込めて綺麗に畳まれたメイド服を手渡す。


「あ、これも忘れてました」


と言って懐から取り出したのはメイド服でよく見るカチューシャ。名前は知らない。


「……!……ふふ、いいじゃない」


不敵に笑い、小さく呟くと折角綺麗に畳まれていたソレをバッと一気に空中で広げる。その際に、間に仕舞われていたであろう何かがハラリと地面に落ち、それを俺が見た瞬間心底絶句した。


「ノリノリじゃないですかティーゼさん……。まさかウィッグまで用意しているなんて」

「あら、バレましたか」

「そんなの俺の学院への同行をあなたが許可した時点で分かってましたけど」


終始呆れるしかないこの状況に、しかめっ面を超えて最早苦笑いすら浮かべてしまう。


「……なぁティナ。これを着ないって選択肢は……」

「ない。これ着ないと即刻この家から追い出すよ。私は貴方の雇い主だからね」

「それを盾にするのはズルいだろぉ」


今日何度目になるか分からないため息をしながら手で顔を覆う。


……男としての尊厳を守るか。それとも……この家を出たくない、外に出て動きたくない、という怠惰な心が勝るか。

悩みに悩んだ。流石に俺とて面倒なことは嫌いとはいえ男としての意地というものがある。


……ある。


ある……のだが……。


「……分かった。着れば良いんだろ着れば」

「え!ほんとに!!ホントのホントに!?」

「流石にこの環境を手放したくない……!!」

「どれだけ面倒くさがりなのですか……」


ティーゼさんから呆れるような声が聞こえてしまう。

なんとでも言え。俺の男としてのプライドなんてよくよく考えたら微々たるものだったんだよ。というかそんなもの持っていていても実利は全く無いということに気がついただけだ。


そんな一時の地獄よりも、長く続く先の見えない放浪生活のほうが面倒極まりない、と。


「じゃあ……はいこれ!私は部屋の外にいるから終わったら呼んでね!あ、着方はティーゼに聞くといいよ」


そう言って元気よく退室していった。

その様を眺めていた俺は、ティナが部屋を出ると、両手で持ったそのメイド服と隣で待機しているティーゼさんを交互に見る。


「そ、それじゃあ……、よろしく、お願いします」

「お任せください」

「そんなキラキラした目で見ないでくださいよ……」


果たして俺にメイド服は似合うのだろか?



















結論から言おう。

ビビるくらいにしっくりきた。


「これは……あなたもしかして女の子……?」

「なわけないでしょ。こんな声の低い女が居てたまるか」

「だったら私はそんなメイド服の似合う男が居てたまるかと言いたいですよ」

「……否定はしないです」


身体全体を映し出せる姿見を前に、驚愕の表情で二人してジロジロと見つめる。


黒を基調とした足元まで伸びるロングスカートを持ったドレスに、メイド服の一番の特徴であるフリルの付いた特徴的な白のエプロン。そしてアクセントなのか、首元に赤のリボン。


「白タイツ。しかも……まさかパンツまで……。これホントになきゃダメですか?」

「ダメです。誰かにスカートを捲られでもしたらどうするんですか。ドロワーズなのですからそこは我慢してください」

「……そんなシチュエーションホントにあるんですか?」

「ないとも限りません。さて……ティナ様ー!準備ができましたよ!」


と、ティーゼが外に向かって呼んだ瞬間、バンッ!という激しい音とともに扉が開け放たれる。

そして入室してきたティナが最初に視界に入れたものは……


「おぉ〜!いいじゃない!流石私の見込んだ女ね!」

「男だよ!!」


そこだけは必ず訂正せねばならない。

例えその見てくれが完全な女の子の状態でも。


視線をティナから外し、改めて姿見に映る自分の姿を確認する。


なぜかサイズがピッタリな典型的なメイド服に、頭に添えられたカチューシャ。そして全体的に長いよう設計された茶髪のウィッグ。


「ウィッグに違和感がないように少しばかり長かった髪を切らさせてもらいました。そのお陰で茶髪のウィッグにしても元の黒の髪が完全に見えません」

「確かに……ちょっとシーク。その場で一回クルって回ってみて」

「クルっ?……こ、こうか?」


片足を軸にして、言われた通りその場で一回転をする。その時にウィッグがずれるんじゃないかと思ったが、案外このウィッグがフィットして全くそんなこともない。

試しに肩にかかった髪を手でサッと払ってみる。


「流石に邪魔だな。いくら普段の髪が長かったといえどこの長さは慣れん」


半ば独り言のように呟く。


……正直、勿論元が男なんだからお世辞にも可愛いとは言えない。ティナと同じく目尻は上がり気味だから自然と鋭い感じになるし、顔の輪郭もシュッとしてるせいもあろう。

だが鏡の前にいる人間は確かに女だ。

自分で考察するに、その一番の要素が身長にあるだろうと思う。それにルーズな服装のメイド服というのも助長してか、何も喋らずに立っているだけだとクール系として突き通せてしまうだろう。


「なぁ、これもう脱いでもいいか?」


だがこんなものを着続けていたら本気でいつか本来の自分を見失うそうになる。そう思うとえも言われぬ恐怖が湧き出てきたのでさっさとこんなのは脱ぎたいのだが……。


「…………」


肝心のティナは何か考えているようで、顎に手を当て少し俯くような格好を取っていた。


「……っ」


その瞬間、俺の経験が何かを察知した。

勘、とも呼べるそれは俺は特段良いわけではない。ただ魔法師という存在は総じて、魔力という自然の法則から外れたものを扱っているのでそういった第六感が何かと発達している。


俺も例外ではない。


「……ティナ?」


己のその感覚に従い、最大限の警戒をしながら、一度呼びかける。


それが皮切りになったかは分からないが、ティナが動いた。


「ティーゼ、やっぱ採用。捕まえて」


は?……と、声を漏らす前に俺の口が瞬時に何かで塞がれる。

すると不思議なことに全身から急速に力が奪われてゆく。


そして俺は意識さえも落ちてゆく。



















懐かしい夢を見た。


それは、俺らが本格的に学園の授業で魔法を学ぶ前の、それこそ入学式で初めてアインベルトを目にした時の、よくある『学園長からの挨拶』の内容だ。


『あー、まず初めに。……我々は人間じゃ。それはみんな同じ。みんな食べて寝てヤッての三大欲求を持っていて、脳や心臓、腸や肺などの諸々を皆平等に持っておる。そして後ろから背中を、心臓を刺されたら勿論皆平等に死んでしまう。それだけは肝に命じておけ』


他の内容は覚えていないが、最初の、ほんと一番最初のこの言葉だけは何故か自分の心に突き刺さり、俺の考えに影響を与えてきた。


……いやほんとその通りだと思う。


「いくら魔法師と言えど、何も警戒指定ない状態で後ろから刺されたら死んでしまう。この言葉が今にして身に沁みていることはないよ」

「それ、誰の言葉?」

「王立魔導専門学校の学園長であり賢者の中で最強との呼び声も高い『次元の賢者』、アインベルト=クエストのありがた〜い言葉」

「へぇ〜、うわっ!」


ガタンッ!と揺れる。


「ま、だからね。俺も後ろから物理的に眠らされたらどうしようもないわけだし。そのまま俺がメイド服の状態でここに連れられてもどうしようもないわけだ。……よく覚えとけよ」

「う、うん」


もう二度とすんな、というメッセージを刻んだところで―――勘の鋭いティナのことだからちゃんと伝わっているだろう―――俺はガタガタと揺れる馬車の中から外の景色に目を移す。


事の顛末は……説明する必要もないだろう。


はてさて、俺はこれからの生活は一体どうなるのやら。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


あとがっきー


これで第一章終了ですよー。

この章はティナの魔法力の地味な強化とその周りの紹介。そしてクイナ君の凄さを知らしめる章にしました。


剣聖を全力を出さずに勝利。

これは凄いことなんです!!(圧)


次の章はティナの三年生から始まる異色の学生編です。

こうご期待!

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